vendredi 31 mars 2017

無理のない一日



今日は午前中曇りで午後から青空が見えた
向かいのグラウンドは確かに手入れがされているようだ
いつも青々とした芝には心を和ませる力がある

午前中はぼんやり空を眺めながらエッセイのことなどを考えたりしていた
午後さらにぼんやりしてから夜はプロジェに当たった
甚だ心許ないが、これくらいが無理のない日課になるのだろうか

バルザシアンを目指したこともあったが、できないことは止めておいた方が良さそうである
バルザックなどは相当の負荷が体にかかったのではないだろうか











jeudi 30 mars 2017

中世と現代の往来



今朝も晴れてくれたので、空を眺める
昨日噂をしたせいか、結構なサービスをしてくれた
満喫する

午後から旧市街ではなく、南の方にある現代のモールに出掛ける
初めてのカフェの音楽はテクノだが、かえって集中できるようだ
つい最近まで冷たい風が入り込むような状態だったが、今や完全には開放されて気持ちがよい

中世と現代を行き来するのも悪くなさそうだ

今日はそのカフェからのアップとなった





mercredi 29 mars 2017

静かな春の一日、そしていくつかの気付き



本日もほぼ快晴であった
時々空を眺めながら、静かにプロジェに向き合う
「静かに向き合う」などと感じることは、これまでなかったのではないだろうか

昨日からバルコンにこの猫が遊びに来るようになった
6階だったパリのアパルトマンではあり得なかったことである
春の訪れとともに、動物たちが動き始めているようだ
勿論、植物の活動も日々激しさを増している
気持ちよさそうに寝ているのに気付き、カメラを向ける
すると、気配に気付いたのか、起き上がってしっかりと挨拶してくれた


空を気持ち良さそうに一直線に切っていく雲を見ると快感を覚えることはこれまでにも触れている
時に曲線を描くのも素晴らしいのだが、、
パリに最初に来た時に、パリの空の特徴として記憶に留めたものである
それは日本の切り刻まれることがない無垢な空の下では感じることができないものだ
フランスに渡ってから毎日のように観てきたこの景色
今日、「それはわたしの精神に影響を与えていたのではないか」という形の思いが過った
初めてのことである
それが何なのか、今は分らないのだが、、


最近、待つことができるようになってきたことに気付いた
これまでは、すぐに仕上げたいが仕上げられないのでどれにも手が付けられなかった
なので、いつも何かを抱えているという感覚とともに在った
それがすぐにできないことを諦めることができるようになったのだろう
そのため、それが終わるまでの時を待つことができるようになってきた
その上、日々の僅かな蓄積を愛おしむような感覚さえ生まれている
一体どうしたことだろうか
ただ、いつも何かを抱えているという感覚は今もある
しかし、それは生きることと同義なのかも知れない


今日は久し振りに良い一日を摘み取ることができた
昼間から激しい言い争いの声は聞こえてきたのだが、、、






mardi 28 mars 2017

昔の謎が解ける瞬間




雲は出ているが、青空も見える一日
本日もプロジェと味気ない

そんな中、いろいろなものを読んでいる時に小さな悦びが訪れる
子供のころから今に至るまでに聞いてはいたがよくわからないまま放置されていたことがある
それはその瞬間まで沈んだままである

それが現在に刺激されて浮かび上がり、分かったと感じることがある
ほんの一瞬だが、すっきりする
奥の奥で感じる深い悦びと言いてもよいだろう
若い時には味わえないものなので、なかなか捨てがたい





lundi 27 mars 2017

哲学の原動力はエロス



快晴で暖かい一日
静かにプロジェに当たる
小休止できるものあり、新たに始めるものあり
少しずつ前に進んでいるような感触がある

この何かを求める感じ、求めようとする意志のようなものは哲学の根本と結び付いているのだろう
つまり、欠けていることを認識し、それを埋めようとする意志のようなもの
それをエロスという人もいる

なぜ哲学するのか、リオタールさんの場合(2013-1-13)

これはソクラテスの中にあった性質そのものでもあった
いや、彼が最初の体現者かも知れない
そう指摘する哲学者は少なくない
そして、この性質は哲学者を超えて多くの人にとって有益なものになるはずである





dimanche 26 mars 2017

新たな悟りの境地?

   Jean-François Rauzier (1952- )



本日から夏時間
これから夜長が楽しくなる季節に入る

今朝はまたも曇り
しかし、午後から青空が広がってくれた

今日もプロジェに向き合う
一段落したものもあった

今年に入り、これまでには考えられない精神状態に入っている
何度も触れているとは思うが、こちらに来た当初はどうしても入ることができなかった状態である

どっしりと落ち着いて、「プロジェ」に当たるという状態に入っているように見えるのだ
今では、あのように宙に浮いて飛び回るという状態にいたことがどうしても信じられない

日本からフランス、科学から哲学という大きな転換期だったからこそ、初めて可能だったのだろう
その意味では貴重な時間であった

今、新しいステージに入ったように見える
そう諦めた、と言った方が正確だろうか




samedi 25 mars 2017

久々の快晴



昨夜はアパルトマンのどこからか激しく言い争う声が聞えた
今日は久し振りに気持ちよく晴れ上がってくれた
向かいのグラウンドには、春の華やぎと喜びが入り混じった声が溢れている
今日は外気を浴びながら、アパルトマンで気分の向くままプロジェに当たることにしたい



夜、アメリカの気分になり、アメリカの現世を味わう
ものをはっきり言う国である
言い切る国である
日本から見たら、完全な異空間になるだろう





リベラルの番組である
今の日本では不敬などと言われそうな内容が満載だ
後半に、専制政治についての本を出したイェール大学の先生が出てくる
日本でも議論されているナチスの例が取り上げられていた

正統な選挙で選ばれた後、独自の政策を進める
緊急事態ではその指示に従うのではなく、自分の権利を第一に考えること
そして、制度を捻じ曲げようとする流れに抗して制度を護るように努めること
制度がわれわれを護ってくれると考えないこと
真実を第一に考えること
それ以外が罷り通るようになると信頼は生まれず、危ない
論理的におかしなことが平気で罷り通る時も注意が必要だろう

これらは世界的に憂慮されている問題のようだ


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lundi 27 mars 2017

全編ビデオが削除されていたので、一部だけのものと差し替えた
上の記事にある部分は残念ながら観られない




vendredi 24 mars 2017

わけのわからない世界にいる



いやはや本日も曇りで、やや寒い
朝から街に出る
二時間ほどプロジェをやってから、久し振りにフランス語のクールへ

今日のエクスポゼは、韓国からの人が安楽死を取り上げていた
議論を聴いていると、ヨーロッパの人の強い個のためか、はっきりとした主張が目立つ
若いということもあるのかもしれない
訥々と静かに話すモンテネグロの女性も静かだが主張を言い終えるまでしつこく話す
他の人がもういいのでは、、というような表情でいてもである

わたしなどは比較的あっさりしているが、日本人としては平均的ではないだろうか
韓国の人もそういう傾向があるが、中国の人ははっきり言うところがある
いずれにしてもいろいろな国の若者の話を聴くのは面白い
それと、当然のことながら彼らはほとんどが20代前半
箸が転がってもおかしい年頃というのは世界共通なのだろうか
とにかく賑やかだ

このクールがどれほど役立っているのか分からない
外界に対する感受性を上げているところはあるようだ
今日、クールで扱われるフランス語を聴くことにあまり熱意を感じていないことが見えてきた
こちらの9年に及ぶ習いが性になってしまったのだろうか
自分の領域についてのお話であれば、もう少し積極的になれるのだろうが、、
ただ、周りがぼんやりとした世界にいるというのも捨てがたいものはある






jeudi 23 mars 2017

パリで想定外の対応



今日も曇りで気分が晴れない
今朝は用事を済ますためにパリに向かった
もうパリに来たからどうということはなくなっており、いつものように「こと」を済ますという感じである
用事も無事に終わる
想定外の対応をしていただき、感謝に堪えない
今は駅のカフェ
夕方のアンターシテでトゥールに戻る予定である





mercredi 22 mars 2017

微かな接触




このところ相変わらずの曇りと雨の日が続いている
ただ、冬の間裸だった木々の枝には緑の葉が徐々に付き始めている
まさに生命の息吹である
昨日の夕方には雨上がりの青空が見えていたが、今日は再び雨


いつもの旧市街のカフェでのこと

フランス語のクールに出ている翻訳家志望のメキシコからの学生さんがいて、言葉を交わす
フランスでの生活は基本的に知っている人には会わないというものだが、ここでは違うのか
町が小さいことと僅かばかりの社会生活をしているからだろうか

暫くすると、「仕事」に打ち込んでいるわたしの方を見ている学生風の女性の視線を感じる
知っているとすれば、上のクールに出ている学生さんしかいないはずだと思い、顔をじっくり見る
しかし、見覚えはない
そうしていると、向こうから話しかけてきた
どうもアルバイトの募集に応じて来て、この店の責任者を探していたようである
この自分が外からどのように見えるのかは全く分からないということを改めて感じる
先日のバイトの学生さんは選択肢に大学の先生や作家を挙げていた
パリであれば、あなたと同じですよ、と答えたのだが、、

昨日今日と比較的良い時間を過ごすことができた
ただ、ここで欲を出して次を目指すと駄目であることが判明
帰りのバスを待っている時、丁度夕方のラッシュアワー
渋滞でやることがなかったのか、中年のドライバーがこちらに笑顔を振りまいて手を振っていた
こういう瞬間は日本ではなかなか味わえないような気がした

やはり、いま外国にいるようである






mardi 21 mars 2017

サイファイ研究所ISHEから催し物のご案内



サイファイ研ISHEの今年前期の活動予定は、以下のように決まりました

第3回サイファイ・カフェSHE札幌
  <科学を哲学や歴史の視点から考え直す>

  2017年6月3日(土) 16:00-18:00
  札幌カフェ(5階会議室)
  
  テーマ: 病気が治るとはどういうことか
  ポスター 

第5回カフェフィロPAWL
  <「生き方としての哲学」の流れにある哲学者の考えを振り返る>

  2017年6月9日(金) 18:30-20:30
  ルノアール・飯田橋西口店(2号室)
  
  テーマ: ソクラテスの死が意味するもの
  ポスター

第1回サイファイ・フォーラムFPSS
  <科学者を中心に科学の外から科学を考え、科学を文化にする>

  2017年6月10日(土) 13:45-16:15  
  日仏会館(509号室)
  
  テーマ: フォーラムの方向性について
  ポスター 

第11回サイファイ・カフェSHE
  <科学を哲学や歴史の視点から考え直す>

  2017年6月16日(金) 18:30-20:30
    ルノアール・飯田橋西口店(2号室)
  2017年6月17日(土) 16:30-18:30
    ルノアール・四谷店(3階A)
  
   (両日とも同じ内容ですが、会場と時間が異なっています)  
  
  テーマ: エルンスト・ヘッケルの科学と人生
  ポスター 

第1回ベルクソン・カフェ(2回シリーズ)
  <フランス語のテクストを読み、哲学する>

  (1)2017年6月24日(土) 16:00-18:00
    恵比寿カルフール(A会議室)

  (2)2017年7月1日(土) 17:00-19:00
    恵比寿カルフール(B会議室)

    (開始時間と会議室が異なっています)
     1回だけの参加でも問題ありません
  
  テクスト: Pierre Hadot, « La philosophie comme manière de vivre »
        (「生き方としての哲学」) 
        Exercices spirituels et philosophie antique (Albin Michel, 2002)  p. 289-304
   
   参加予定者にはあらかじめテクストをお送りします

  ポスター


興味をお持ちの方の参加をお待ちしております
研究所の活動にご理解のほど、よろしくお願いいたします







lundi 20 mars 2017

プロジェをどう考えるか




今日も終日曇っていた

今年はプロジェを進める年になると感じていた
しかし、プロジェに義務や期限を感じるようになると、気持ちよく進めることが難しくなる
自然に身を前に投げ出すという感覚から「仕事」に変化するからだ

この状態をどのように見ればよいのだろうか
一つの見方は、それを何と呼ぼうが、期限なきものと最初から考えてはどうか
そうすると、頭の中の空間が急に広がってくるような感覚が襲ってきた
それでよいのではないか

別の言い方をすれば、自分がやりたいと思っていることすべてがライフワークということになる
すべてのプロジェがライフワーク
いやはや大変なことになってきた
本当にこれが最良の解決策なのだろうか





dimanche 19 mars 2017

「生き方としての哲学」とは



本日も曇りで冴えない一日であった


2006年12月にパリのリブレリーで偶然に手にした本の中で、「生き方としての哲学」に出会った
振り返ってみれば、この言葉はその後を決めることになったように見える

  運命の出遭い?があったリブレリー再訪(1 février 2016)

この言葉に出会うまでは、理論的な思考、体系の構築こそが哲学の仕事であると思っていた
あくまでも漠然とした印象にしか過ぎなかったのだが、、
当時、それをこれからやっていくことには抵抗があったが、この言葉でその認識が変わった
もう一つの道が魅力的に見えたからだろう
これは「わたしの発見」であった

しかし、哲学に入ってみて、それは哲学にとっても発見だったことが分かったのである
その背後には、ピエール・アドー氏が古代の哲学の中にその要素を見出し、訴えたことがあった
さらに、アドー氏をコレージュ・ド・フランスに誘ったと言われるミシェル・フーコーもそこに加わった
哲学という営みには、その始まりから理論と生き方に関わる道があった
しかし、その一方が時代が進むに従い、忘れ去られていったということだろうか
より正確には、二つの要素の強調される割合が、時代とともに変化しているということかもしれない
哲学の持つもう一つの側面が意識されるようになった現代ではあるが、それは少数派に留まる

「生き方としての哲学」という場合、そう言われているものを研究することではない
自らの哲学を自身で生きるということを意味している
思想と実践の一致が求められることになる
生易しいことではないだろう
しかし、ソクラテスが命を懸けて伝えたことは、そうしない生は生きるに値しないということであった
どこかで聞いたような気もするが、それ以外に道はないということになる






samedi 18 mars 2017

サイファイ研、今年前期の会場設定



昨日と打って変わって、今日は一日どんよりと曇っていた

以前にも触れたが、月末までには今年前期のサイファイ研の会の場所を決める予定にしている
が、なかなかうまく行かないものである
一瞬困ったと思うが、新しいところを探すことになる
ただ、それは気分転換にもなるかもしれないし、どこかに繋がることになるかもしれない
そう考えることにした
何ごとも実験である
いずれにしても、来週には前期すべての予定をこの場に発表できるようにしたいものである





vendredi 17 mars 2017

新しい美術館 CCC OD 発見、すでに出会っていたオリヴィエ・ドゥブレ




今週初となる旧市街のカフェで比較的集中できた時間の後、アナトール・フランス広場の方に歩く
途中、建物の間から見かけない石の塊が目に入った
すぐに彫刻ではないかと思い、その方向に行くと新しい建物がある
ガラス越しに覗いていると、受付と思われるところにいた人がこちらに来て、ドアを開けてくれる
入り口は反対側ですが、ここにいるのだからいいでしょうと言って入れてくれる
そこは今週開いたばかりという美術館で、なぜか浮き浮きする

そう言えば、このサン・ジュリアン教会がある辺りは、以前から工事をしていた
ただ、何ができるのかはわからなかったのだが、その一つがこの美術家だったのだ
名前は CCC OD という
Centre de Création Contemporaine Olivier Debré の略である
「オリヴィエ・ドゥブレ現代創造センター」とでも言うのだろうか
写真撮影はOKとのことだったが、今日はプロジェが終わってすぐ帰る予定だったのでカメラ不携帯
こういうことがよくあるが、今回は対象は逃げないので改めて出向くことにした
今日はパンフレットを貰い、ブティックを覗き、係りの人三人と言葉を交わしてきた
いつものことだが、言葉がしっかりしていることに感心する

係りの人に美術館の名前に付いているオリヴィエ・ドゥブレという人について訊いてみた
パリ生まれの画家で、アンボワーズ近郊に祖父の家があり、そこをアトリエにしていたという
帰ってウィキにある写真を見ると、以前にこのページを訪問したことがあるような記憶が蘇ってきた
早速、前ブログを検索すると三つの記事が現れ、びっくりした
すっかり忘れていたようだ
しかも、その中の一つには作品が二つも取り上げられていた
こんな繋がりが出てくるとは、思いもよらなかった
トゥールの楽しみが一つ増えたことになる






jeudi 16 mars 2017

外国人研究者のための交歓会

           Villa Rabelais


本日は久し振りの実に気持ちの良い快晴となった
午前中から大学のヴィラ・ラブレーで外国人研究者の交歓会があった
このヴィラはトゥールに相応しく、ガストロノミーの研究をするところになっているとのこと
外国からの受入れを担当している Euraxess という組織が中心になってオーガナイズされたようだ
入り口には出迎えの係りの方が控えていて、手を振って迎えてくれた




最初に大学関係者から大学の紹介と特に国際交流についての説明があった
海外の研究施設との連携を強めようとしているようで、世界的な傾向がここでも表れていた
外国からの学生はほぼ3000人で、表には日本は出てこなかった
順に、モロッコ、アルジェリア、中国、ドイツ、イタリア、セネガル、コンゴ、英国、米国などが見えた
他方、外国に出ている学生は700人を超えていた
順に、カナダ、英国、スペイン、ドイツ、イタリア、米国、オーストラリア、インド、中国、ベルギーなど
研究者のレベルでの交流も積極的に進めようとしている姿勢が、今日の会にも表れていた
ただ、しゃかりきにやるという様子は全く見られず、どっしりと、ゆったりと落ち着いている
好感が持てる点だ

主催の Euraxess のサービスはきめ細かく、わたしがここに来る時にも非常に役に立った
歓迎されているという感覚が湧いてきたものである
今日初めて対面して、その感をますます強くした




大学側からの説明が終わった後、研究者の方が自己紹介するセッションがあった
正確な人数は分らないが、20-30人ほどの研究者が参加していたのではないだろうか
出身は英国、米国、カナダ、スペイン、スイス、インド、中国、南アフリカ、ロシア、 ブラジル、日本など
日本からは、わたしの他に2名いた
お一人はインド出身で理研からこちらに来られた方
もうお一人は、京大法学部の曽我部真裕先生であった
お若い時からフランス語に親しみ、フランスの法も専門にされているとのことであった
やはり、高齢になってから始めた者とは違うようで、これは致し方ないのだろう

スペインから医学を終えた後、医学の歴史を研究している方も参加されていた
興味を同じくするところもあるので、これからお話ができれば幸いである
また、上の写真の方はUCLAの Malina Stephanovska さん
東欧出身で、アメリカで教育を受け、感情の問題をフランス文学などを通して研究されているようだ
バーティでお話を伺ったところによると、哲学にも強い関心をお持ちのようであった
すべてのプレゼンテーションが終わった後、カクテルパーティとなった




大学の紹介をされた先生は、これから関西に出掛けるとのこと
お花見を楽しみにしている様子であった
また、大学で同じ研究チームに属している方がいることも分かり、これから議論ができそうである
籠りがちな身には刺激に満ちた会であった
改めて、Euraxess の皆さんには感謝したい


帰り道、今日はどうしようもなく春であることを実感
これまでの装いでは汗が噴き出てくるほどであった





mercredi 15 mars 2017

芝生の緑




日頃の手入れが行き届いているためか、向かいの芝生はいつも鮮やかな緑を保っている
このことは、精神によい影響を与えているように見える
ここに落ち着いた当初、予想していなかったことである

この町はくすんでいるように見えるが、よく手入れされているという印象がある
交通の便の良さは、想像以上であった
こういうことも好印象を与えている要因になっているようだ





mardi 14 mars 2017

ピエール・フランソワ・スイリさんによる現代日本の起源



昨日のパリ行きの際、ル・ポワンを手に入れた
そこに50ページに及ぶかという日本特集がされていたからだ
その中に、今の日本が生まれた背景を歴史的に分析した本の著者のインタビューが載っていた

Moderne sans être occidental. Aux origines du Japon aujourd'hui (Gallimard, 2016)

著者はピエール・フランソワ・スイリ(Pierre-François Souyri)さん
ジュネーブ大学の日本史の教授で、以前に日仏会館の館長をしていた方とのこと

その主張は本のタイトルが示す通りのものである
日本の近代化は明治期に西欧の思想や技術を真似て行われたものという考えがある
西欧では根強い考え方である
特に調べたわけではないが、わたしの中にも無意識のうちにそんな考えがあったように思う
スイリさんは、この考えに真っ向から異を唱える
日本の近代化は日本の内部から生まれたものだと主張する
勿論、西欧文明が強力な後押しとなったことは確かだが、その芽は江戸時代にあったとしている

速水融氏が指摘しているように、日本では西欧に開かれる前に「原工業化」が起こっていた
例えば、商業、大規模販売店、地域間交易、文化的観光、歌舞伎や相撲、学校、出版など
さらに、技術の改善に対する興味、批判的思考などもあった
つまり、江戸期に「前近代」の文明があった
これがなければ、明治期にあれほど急激に西欧を受け入れることはできなかったと推論している

それから明治期には自由や人権を求める政治的な運動も起こった
議論や批判、対立を通して民主的な社会を作る革命が起こっていた
それは1930年にかけて窒息状態になるが、日本の中にそれらの要素が内在していた
さらに、20歳になるかならない岸田俊子(中島湘煙)は女性に男性と同等の権利を、と考えていた
ほとんど知られていないが、彼女は「新しい女性」の先駆けだったのである
こういうことが日本の国内にあったということが、日本社会の近代化に重要であった

インタビューはスイリさんの次の言葉で終わっていた
安倍首相はドナルド・トランプが選ばれた翌日にそそくさと出掛けて行って握手した
反対派は、この品のない行いは忠誠を示すために臣下が宗主を表敬するようなものだと言っている
それは恰も日本が真の独立国ではないかのようである


その他には、次のようなものが取り上げられていた

日本の庭園(4ページ)、自然の中の宿(3p)、すきやばし次郎(2p)や日仏の料理人(1p)、
日本のウィスキーのショットバー(1p)、カルロス・ゴーン(1p)、亡くなったばかりの谷口ジロー(4p)、
村上春樹(2p)、安藤忠雄(2p)、コシノジュンコ(3p)、ロボットと石黒浩(3p)、春画(2p)、
歴史認識(1p)、南谷真鈴という若き登山家(3p)、そして写真の扱いが少々気になった天皇家(5p)など









lundi 13 mars 2017

坦々とパリで




今日は朝から用事があり、パリへ
やや肌寒いもののもう春爛漫である
午後からは汗ばむようになって来た
用事も坦々と済まし、夕方の便で帰ってきた




dimanche 12 mars 2017

「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」、あるいは科学の言葉




雑誌「医学のあゆみ」に連載中のエッセイを紹介いたします

第42回 「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」、あるいは科学の言葉

医学のあゆみ (2016.3.12) 256 (11): 1179-1183, 2016

お暇の折にでもお読みいただければ幸いです

よろしくお願いいたします






samedi 11 mars 2017

常連の証か?




今日の朝は気持ちのよい空になった
久し振りにゆっくりと空行く雲を眺める
そうしていると新しい領域の資料を集める気分になってきた
それを持って旧市街へ
人間は光の方に向かう動物なのだろうか
興味深い分布が見られた

もうすっかり馴染みになったカフェへ
今日はどうしたことか、マスターが「今日はいいですよ」と言ってお代を返してくれた
こんなこともあるのである
比較的集中した時間となった
これは良い週末に繋がる徴になるのだろうか







vendredi 10 mars 2017

鼻音の世界





フランス語の鼻音を意識したのは、始めた当初だけ
それ以後、長い間ほとんど関係のない世界にいた
無視していたのである

今日改めてこの世界を覗き、道理で通じないはず、ということが分かった
これまで出したことのない音ばかりだったからである
いやはや、大変な世界である
今頃嘆息していることにも驚かざるを得ない

少しずつ努力だけはしたいものである











jeudi 9 mars 2017

その音の世界に入る



本日も午前中は第三層で過ごす
こういう時間には普段浮かばない記憶や考えが出てくるので、欠かせない時間になっている

午後からは、いつものカフェへ向かう
旧市街の広場を通った時、外を眺めているレストランの店員と目が合った
ほんの少しおいて、ボンジュールと声を掛けてきた
すかさずボンジュールと返していた
やはり、気持ちが良いものである
時にはこちらから声を掛けることもある
このところ心掛けている外に対する反応の感度が上がってきていると感じた

カフェに入ると、先日の学生さんが、仕事の調子は?などと声を掛けてきた
どうもアメリカ人のようである
わたしもそう感じているが、外国にいるので外に開かれやすくなっているのかもしれない
こういう時にはプロジェを語ることになるが、こんなことは日本ではまずあり得ない
プロジェを口に出すのは、自分の中では良い影響を与えているようである
いつも心の奥の方にあるものが目の前に現れるからだろう

席に着くと、隣の学生さんのグループが賑やかだ
途中から全く脈略のない日本語を語り始めた
アクセントが全然ない
その意味を分かっているかどうかも分からない
おそらく、映画やアニメなどに出てきたセリフではないかと思う
音が若い彼らにとって新鮮で面白いのだろう
こうやって流暢な日本語を話す外国人が増えていくのだろう

わたしもフランス語を始めた当初、音の面白さによく笑っていたものである
単純なことに面白さを感じることができたことも長く付き合うことになった原因の一つと言えるだろう
わたしも彼らの「音の中に入る」という姿勢を見習いたいものである



大統領選関連

あるニュースによると、第1回投票の予想でマクロンが初めてル・ペンを抜いたという
マクロン26%、ル・ペン25%、フィヨン20%で、誤差は0.6%~1.6%
決選投票ではマクロン65%、ル・ペン35%で、こちらの情勢は変わっていない
投票する候補を選ぶ基準として、次のものが挙げられていた
候補の政策、新しい考えを出す能力、勝つ可能性、誠実さで、いずれも半数を超えている







mercredi 8 mars 2017

ピエール・ブルトノー、あるいは身近に埋もれている過去

      Pierre Bretonneau (1778-1862)


トゥールの大学病院とそのバス停の名前は毎日のように目にしていた
ブルトノー(Bretonneau)という
しかし、今日までその意味するところを知らなかった
それは、ピエール・ブルトノー(1778-1862)という医者の名前であった
ウィキによる経歴の概略は、以下のようになる

トゥール郊外でシェール川沿いの町サン・ジョルジュ・シュル・シェールの生まれ
23歳の時、23歳年上の女性と最初の結婚をする
大統領候補のマクロンを思い出す
そして、25歳から29歳まで妻の土地であったシュノンソー(Chenonceaux)の市長を務めたという
37歳の時パリで医学博士を得て、トゥール病院の内科部長になる
48歳の時には、ジフテリアを初めて記載している
78歳で二度目の結婚をするが、妻が18歳であったため、最初の結婚と同様スキャンダルとなる
妻は彼の娘で、彼の財産すべてを譲渡するための結婚ではないかとの疑いが出された
実際には、彼の学生の姪だったが、過去にレカミエ夫人の例があったから出された話だろう
それから5年、83歳で亡くなっている

今日、ひょんなことからわたしの発見に辿り着いた
こういう歴史が山のように埋まっていることだろう





mardi 7 mars 2017

増殖するプロジェ



今日もどんより曇っていて、冴えない始まりであった
朝から何かをやろうとしても心と体が許さない
仕事をしている時にはよく毎朝出掛けていたものだと感心し、そして驚く
あれはこの精神を十全に働かせるために本当に良いことだったのだろうか
ますます疑念が膨らむ
仕事は人間を駄目にする、というわたしのテーズが再び顔を出す

ということで、朝の貴重な時間を何もせずに過ごす
より正確には、意識の第三層に遊んだということだろうか
午後からその気になってきたので、久し振りに旧市街へ
より正確には、意識の第二層に入ってもよい気分になってきた、ということだろう
少し体が重く感じられる
滞っていたプロジェの一つに当たる
久し振りなので、結構集中できただけでなく、そこから広がる新らたなプロジェが浮かんできた
こうしてプロジェが増えていく

帰り道、トゥールの桜並木が目に入ったが、すでにピンクになっていた
先週は気付かなかったような気がしたのだが、、、



大統領選関連

最新の結果では、ル・ペンが若干下がり、マクロンが伸び、フィヨンには変化がないようだ

ル・ペン 26%
マクロン 25.5%
フィヨン 19%







lundi 6 mars 2017

サイファイ研の催し物の予定は今月中に



今日は雨と風が強く、雲は東から西へ激しく流れている
籠ってプロジェに当たることにした
今日は一つだけにすると落ち着かなくなり、いくつかのものに目をやった
どうも明確な型を作ってやるのは向いていないようである
そうと分かっているはずなのだが、その日の気分で無理なことをやりたくなり、困ったものである

ところで、サイファイ研究所ISHEの今年前期の予定を6月~7月にした
まだ時期が早いので場所が押さえられていないものがある
また、テーマが固まっていないものもある
いずれも今月中にはっきりさせ、公表したいものである



大統領選関連

昨日のフィヨンの集会にはたくさんの人が集まったようだ
そこで改めて候補から降りることはないことを宣言
演説では、体制やメディアの批判を押さえ、最後まで行くと語ったという
夜の番組に出ていたフィヨンは、これまでになく落ち着いたというか、すっきりした表情であった
とくに、ル・ペンを敵として見ていた

今日になり、アラン・ジュペが記者会見を開き、自分が候補になることはないと宣言
フランスの状況も右派の状況も厳しいが、自分が出るのは遅すぎるということなのだろう
オランドの政治を見ていて、左派が支持を集めることはないだろう
ル・ペンの反ヨーロピアンの政策には賛成できない
マクロンも政策が弱いことと経験がなさ過ぎることが問題だ

では、これからどのように解決するのだろうか




翻訳プロジェ、まだ道半ば



今、翻訳をやっているが、4部ある本の2部を今日で終えることになる
まだ半分だが、半分を終えることができた
勤勉さが求められる仕事なので大変だが、後半はどんなことになるだろうか



大統領選関連

昨日のフィヨンの演説があった
リベルテ満載の理想を掲げる演説という印象だった
これはフィヨン個人が呼び掛けたというよりは、党が主催の会だったようである





わたしには新鮮だったが、フランス人にとってはそれほど感じないのかもしれない
その後の記者の評価は、型通りの演説で具体的なものが殆どなく悲しくなる、と極めて厳しい
光るものがないというか、霊感を与えるものがないということなのだろう
初めて聴き、まだ行けるのではないかと思った人間とは大きく異なる評価で驚いた

今日、トロカデロにフィヨンを支持する人が集まるという
その集まり具合と雰囲気がポイントになるのだろう
今の調査結果は、ル・ペン28%、マクロン24%、フィヨン19%とのこと
今日のマニフの結果が明日以降に大きな影響を及ぼすのではないだろうか





samedi 4 mars 2017

プロジェのやり方を変える?




本日は籠ってプロジェに当たる
向かいのグランウドの内と外は人で溢れている
まだ肌寒いが、春なのだろう

当初、3つくらいのプロジェを並行してやることにしたが、必ずしも順調には進まない
いろいろなことをやると、どれにも集中できなくなる傾向があるようだ
新たなやり方として、一日に一プロジェクト、それを日によって変えるというのはどうだろうか
こちらも試してみたい
まだまだ試行錯誤が続きそうだ

今日のプロジェがすっきりしたので、夕方街に出る
新しいカフェで少しだけ読んでから帰ってきた
次第に霊感を受けるものが少なくなるようだ
帰りに素晴らしい景色を拝むことができた



大統領選関連

現在の関心事は、フィヨンの問題である
元首相のドミニク・ド・ビルパンが意見を発表した
イラク戦争時には外務大臣を務め、国連での発言で世界的に有名になった方である
彼の意見は、フィヨンはもう限界だというもの
事件発生以来、フィヨンは一貫してフランスのシステムを批判している
そういう人がこの国のトップに座ってよいのかという含みもある
寧ろ、フランスがよって立つ開かれた社会とか自由ということを前面に出すべきではないのか
防御から来る攻撃で、ポジティブな印象を受けないということかもしれない

EU議会のある議員は次のようなことを言っていた
候補を変えることに危険性はあるが、フィヨンでは勝てないことがはっきりした
右派中道の立場に立つ人が勝ち目がないのは問題だと考えている
マクロンは経験がないし、ル・ペンには耐えられない
どうしても我々の候補が必要だ
フィヨンには降りるように伝えた
もし彼が同意した場合には、後継者をどう決めるのかの方法論が問題になる
フィヨンが後継を指名するというやり方では駄目だろう

もし、フィヨンが降りて、例えばジュペが新しい候補になるとする
現在の世論調査によれば、決選投票がジュペ対マクロンになる可能性も出てくる
今後も目が離せない





vendredi 3 mars 2017

先が遠い日常のフランス語



本日は朝から少し仕事をする
慣れないことなので、午後からのクールは疲れが出ていた
おまけに、テーマが若者言葉と芸人の言葉だったので大変であった
これまでを考えると当然だろうが、それを求めていなかったので致し方ない
これがテレビを毎日のように観ていたアメリカ時代との大きな違いになっている
今日から、前半は一人がエクスポゼをやった後にディスカッションというスタイルになっていた


大統領選関連

マクロンが選挙戦の資金をサウジアラビアから貰ったというツイッターが流れたという
ル・ペンの姪がベルギーのニュースサイトに流れた情報を書いたもの
しかし、そのサイトはフェイクニュースだったようで問題になっている

アラン・ジュペの支持者がフィヨンに対して攻勢を強めているようだ
フィヨンのまま選挙戦を進めると傷口はどんどん広がり、右派の死を意味するというのが理由だ
フィヨンの態度は変わっていないが、この圧力はどんどん強くなるのではないだろうか

今日、ジュペが出た場合、ほんの僅かだがマクロンとル・ペンを上回っているという結果が出た
その差を"dans un mouchoir de poche" という言葉で表現してあったが、、
実際の数字はジュペ26.5%、マクロン25%、ル・ペン24%となっているが、誤差は3%だという 
今のままだとマクロン27%、ル・ペン25.5%、フィヨン19%で、フィヨンの脱落は見えている
すでに50人以上のスタッフがフィヨンの下を去っているという
フィヨンにとってますます厳しい状態になってきた


新たにフィヨンの選挙戦の責任者がフィヨンに辞意を表明したとのニュースを見た
事態は動き始めたようだ




jeudi 2 mars 2017

場所を変える時、何かが起こる



今日は明るくなってくれた
春の兆しが至るところに見える
プロジェに実際に当たる予定だったが、プロジェについて考えるところで終わった
夜、少しだけ手を付けることができた

先日、モンパルナス駅のリブレリーで新刊書を手に入れ、帰りの車内で最初のところを読んできた
帰りはTGVではなく2時間かかる便だったので、丁度良かった
その本は、ドイツの若手哲学者マルクス・ガブリエルの「なぜわたしはわたしの脳ではないのか」
Pourquoi je ne suis pas mon cerveau  (JC Lattès, février 2017)
タイトルから予想される通り、心の哲学、心身問題について本である
日本語訳はまだ出ていないようである

まだ最初だけなので結論めいたことは控えたいが、基本的な考え方が似ていることが分かった
そこには、私がいまの分野に入る前から感じ続けていることが書かれてあった
それは一つの問題を科学だけで解決できるのか、この世界を理解できるのかという問いである
哲学や歴史、芸術や宗教などのすべての知が必要になるのではないのかということでもある
これはまさに私が唱えている"La théologico-métaphysicalisation de la science"そのものである
私の基本的なスタンスになった「科学の神学・形而上学化」である
何年か前からこのテオリーに基づいたプラクシスも始めている
そのため、共感するところ大であった

場所を変える時、何かが起こる
観察して、それに気付くことが大切になる


大統領選関連

フィヨンは新たに司法調査されることになっていたが、今朝自宅の家宅捜索もされた
スタッフも辞める人が出てきているようだ
しかし、彼は選挙戦を続ける意向だという
彼が選挙を続けるべきだと考えているフランス人は4人に一人しかいない
それは右派の自殺行為だと指摘するプレスもある
中道右派の候補争いをした元首相で現ボルドー市長のアラン・ジュペは準備万端らしい
彼を推薦する人も出始めている
しかし、まだ事態は動いていないようだ

ところで、今回の各候補のスローガを調べてみると、次のようになっていた

ル・ペン Au nom du peuple (人民の名において)
マクロン En Marche ! (前進せよ: 彼の政党名)
フィヨン La France libre. La France debout. (自由なフランス。立ち上がるフランス)
アモン Faire battre le coeur de la France (フランスの心をわくわくさせる)
メランション La France insoumise(L'Avenir en commun)(不服従のフランス:共通の未来)


ル・ペンのスローガンは歴史に根差していて、古くは1793年の憲法から採ったようだ
下の文書は19世紀のナポレオン3世の時のもの



フィヨンのスローガンはHPからのものだが、以前に誰かが使っていたようだ
もしそうだとすれば、新鮮さに欠けると言われてもしょうがないだろう

メランションのマークがフィロソフィーとポパイを想起させ、どこか愛嬌があるので目を引いた






mercredi 1 mars 2017

新しさのヒントは、古いものの中に

         Église Saint-Julien


今日は終日雨
朝、グラウンドの周りを高校生が雨をものともせず走っていた
歩いているような生徒もいたが、、

午後から街に出る
アナトール・フランス広場にはサン・ジュリアン教会があり、ほぼ毎日眺めることになっている
その壁は湿気が出ると黒みを増してくる
微生物やカビなどの類が増殖して来るからなのだろうか

いつものカフェで数時間過ごす
先日言葉を交わしたためか、皆さんにこやかに対応してくれた
昔書いたファイルをぼんやり眺める
何もやっていなかったように思っていたが、それなりに面白いことが書かれてある
新しいことへのヒントは、まさに過去に眠っている


大統領選関連

「フィヨンかマクロンか」という討論番組を観る
ル・ペンに対するのはどちらかを論じるもの
まず、今回の事件に対するフィヨン態度が傲慢であるという指摘があった
政治家は金を自由に使ってよいのだというところが見られるという
フィヨンの先行きは厳しいのではないかという人が多かった

それに対するマクロンだが、右に左に右顧左眄するような政策を出しているという批判があった
左に対しては、例えばアルジェリア人に対して「人道に対する罪」だったという発言がある
右に対しては、例えば治安の充実を挙げている
ジョージ・ブッシュがアル・ゴアに勝った時にはflip-flop候補と言われたらしいが、それだというのだ
これはマクロンのハード・コアの支持者を減らす弱点になっているのではないかという指摘である
マクロンの言葉遣いは他の人より優れているが、大統領としてはどうかという疑問を出す人もいた
また、マクロンは細かい点ではなく、より大きな問題を提起しているとの指摘もあった


マクロンのインタビューを初めて聴いてみた
かなり攻撃的に持論を展開していて驚いた
予想とは異なり、力強い印象がある
アルジェリアでの発言について、次のように語っていた

私の意識は未来にある
これまで、非を認めると国の威厳を貶めたとする人がいたが、それは政治屋の考えだ
目指しているのは和解の政治だ
フランスとは何か?
それは歴史であり、自由とか自立というような普遍的な価値への希求である
そのビジョンを掲げることが重要なのである

治安の充実も自由を守るための条件を維持するためであり、市民社会への介入のためではない
日常生活の安全が守られないことは許されない
現代の問題は複雑である
右か左か、では問題解決はできない
問題そのものに向き合うことが重要で、解決のためにはプラグマティズムが必要である


彼の「もの・こと」へのアプローチに違和感はなかった
寧ろ、ドグマに囚われていない印象があり、より広い層に訴えかける力もあるように見える
今のフランス人はアモンやメランションの政策を求めていないという声が聞えた
今日のところは、ル・ペン対マクロンになりそうな感触を持った