2017年12月13日水曜日

これがここしばらくの日常か



月曜は朝から窓を叩きつけるような激しい風が吹いていた
垂れ込めた雲は西から東へかなりの速さで流れていた
夕方、青空は覗いたものの雲の流れには変わりはなかった

一夜明けた昨日は朝から晴れてくれたが、向かいの芝生には霜が降りていた
霜が見えなくなってから散策に出た
そして今日は朝から雨である
だが、基本的には籠ってプロジェに当たる毎日だ

これだけでもう1週間以上たったような気分だが、まだ2日だったのには驚く
疲れが溜まっているのか、キーボードの誤作動も少なくない
困ったものである




2017年12月10日日曜日

予想がつかない日々



一日は実に長い
外からの圧力がある時には、そのことに気付かない
それがなくなると、そこには広大な世界が広がっている
謂わば、使い放題の時間空間がそこにある

それだけ長い自由が広がっているので、その日に起こることは予想できない
予定のようなものを思い描いてもその通りに事が進んだためしはない
つまり、その日が終わるまで力を尽くさなければならないということである
何が出てくるのか分からないからだ

このところ、プロジェを追う生活になっている
それに対する意識を変えてはどうかという考えが先日浮かんだ
これまでは日常から横滑りするような感覚でプロジェに当たっていた
偶には、その時だけ、エネルギーを注ぐという意識でやってみてはどうかというものだ
英語で言えば、pump up するという感覚だろうか
なんだか、どんどん詰まらなくなっていくようではある

いずれ、以前のような願望が湧いてくる時も来るのではないか
そんな希望を抱きながら、ここしばらくはこういう日々が続きそうである




2017年12月9日土曜日

ジャン・ドルムソンさん亡くなる

2007年1月、ジャン・フランソワ・ドニオーさんの葬儀にて


昨日の朝、ジャン・ドルムソン(Jean d'Ormesson)さんが亡くなったことを知った
享年92
キオスクで特集を組んでいる雑誌を見掛たからである
写真左の方で、48歳という若さでアカデミー・フランセーズの会員になっている
それ以来、フランス社会に大きな影響を与えてきたようだ 
パリ行きの電車の中でざっと目を通した

日本にいる時にはもちろん知らない方だったが、こちらではよく目にした
何冊か手に入れたが、熱心な読者ではなかった
やはりアカデミシアンのマルク・フュマロリさんのドルムソン評を読んだ記憶がある
写真右の方である
「彼は多くの人に愛されていて軽く見られているが、彼の本を読み直してみて、実は執拗に考える哲学者であることに気付いた」
マルク・フュマロリさんが語る文学に纏わること (2015.3.4)




目に留まった言葉をほんの少しだけ書きとめておきたい
まず、上の写真にもある言葉
「人生、歴史、時間は、思い出を作り出す機械以外の何ものでもない」
それからなるほどと思ったのは、次の言葉
「わたしは後ろを見ている世界に生まれた。そこでは、過去が未来よりも重要だったのである」
わたしがこれまで感じていたことが間違っていなかったと思うと同時に、なぜこれまで心地よく生活できたのかもよく分かる言葉である。わたしの目指しているものと重なっていたからである。

それからこんなのもあった
「インターネットは恐るべき道具である。どうしてそれを否定できようか?そこにはすべてがあるのだ!・・・しかし、危険なのでネガティブと言える面もある。それはネット・サーフィンと言われるものだ。それは組織立った注意散漫(la dispersion)である。注意散漫とは闘わなければならない」
これは耳に痛い言葉だが、la dispersionという言葉が印象に残った
わたしの場合、この現象は何もネットだけに限らない
気が多いためか、次から次へと対象を変える傾向がある
これからは "Éviter la dispersion !" (気を散らさない!)を掲げて歩みたいものである




2017年12月8日金曜日

パリの空気を吸う



本日はパリに用事があり、日帰りをした
先週も行っているが、もう大昔のようだ
少し雨に降られたが、用事はすんなり終わった

場所を変えると、できそうもない欲求が出てくる
その場ではそうは感じないのだが、本拠地に戻ると日常に埋没して易きに流れる
今回はどうだろうか?




2017年12月6日水曜日

淡々と歩む



このところ、いくつかのプロジェクトを進めるという生活になっている
パリのほとんどの期間、やろうと思ってもできなかったことだ
興味が外に向いていたからである
それが最近できるようになっている

その生活では、自らが決めたゴールに決めた時までに辿り着くのが原則になる
何と詰まらないことだろうか
この感覚を和らげるのが、ゴールに向かっているという考えをなくすことである
ゴールに向かっているのではなく、その日を淡々と歩いていると感じることである
そうすると、その時々に発見を繰り返すことができる
そして、気が付いたらゴールに着いていたということになるからである

そう言えば、この感覚、先日の吉野山散策でも味わったことであった




2017年12月5日火曜日

理解したと思うことと表現するということ



アパルトマンの裏庭にある木を昨日の朝撮ってみた
丁度霧の中であった
いまは赤い実を付けているが、春には白い美しい花を咲かせていた
こうも変わるものかというくらいの変わり様である
何も考えていないようだが、実は人間より考え、人間より強いのかもしれない
人間がいなくなるとその力を徐々に発揮し、地球は植物で覆われるのではないだろうか

このところ翻訳の見直しをやっていたが、送られてきた50ページほどを終えた
これでまだ三分の一程度である
今回も意味がさらに明確になってきたところがいくつかあった
フランス語の文章を日本語でよりよく表現できるようになったということである
よく言われることだが、外国語を理解することとそれを日本語に移すことは違う
この二つは別の次元のことである

ただ、こういうことも言えそうである
最初に理解したと思っていたことは、実は本当の理解でなかった可能性もある
その場合、よりよい日本語にすることにより、理解がさらに確実なものになると感じる
そういう個所がいくつかあったということである











2017年12月4日月曜日

平凡な一日




今朝は雨模様
午前中は再び霧がかかっていた
そんな中でも練習している人たちを眺めながらプロジェAに当たる
午後晴れてきたので外に出てプロジェBに当たる
比較的集中できたのではないだろうか
今日は先日ほど寒さを感じなかった
穏やかな冬の日というところだろうか




2017年12月3日日曜日

絶学の境地とは



ネットサーフィン中に、絶学という言葉に出会った
学問を断つということは想像できるが、学問を超えた境地という意味があるようだ
「・・・を超える」ということがわたしのテーマになって久しいが、この言葉は興味深い
学問を科学に置き換えれば、科学的真理を超えた境地ということになるだろう
それはわたしにとっては形而上学の世界だが、宗教の世界でもあり得る

この言葉は『正法眼蔵』の「行持 上」に出ているというので早速読んでみた
道元とは初めての接触になる
行持とは、仏としての修行の生活を続けることを意味している
これまでの優れた僧のエピソード集のような章であった

俗世の欲の世界から離れ、座禅の生活をすることにこそ真理・悟りに至る道だという
100歳まで生きてもこの時間がなければ虚しい生になる
何歳になってから始めても遅くなく、それをやらないのは愚かなことである
これらの教えは古代ギリシア哲学、例えばプラトンやエピクロスにも通じるものがある
若い時から抱いていたイメージがそのまま描かれているところもあり、驚く
そして、最後の方にこう書かれてあった
「寒炉に炭なく、ひとり虚堂にふせり、涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐する、たとひ一知半解なくとも、無為の絶学なり。これ行持なるべし。
 おほよそ、ひそかに貪名愛利をなげすてきたりぬれば、日々に行持の積功(しやつく)のみなり。このむね、わするゝことなかれ」
「一知半解なくとも、無為の絶学なり」とは、知識や理解が貧しくとも、意志・意欲がすべてなくなった仏僧の境地を言うらしい。

ざっと読んだところ、ある結論に至るまでの論理が見えにくいところがあるように感じた
初めての道元で、ほんの一部ではあったが、それほど抵抗なく読むことができた





2017年12月1日金曜日

パリ日帰りの一日



本日は用事があり、パリへ
途中、田園風景に雪が見られたが、パリには雪はなかった
用事は順調に終わり、日帰り

トゥールに戻ると、朝見たツリーがライトアップされていた
空を見上げると、ほぼ満月
いよいよ寒くなってきた
 



2017年11月30日木曜日

ここ数日は



一昨日の午前中は雨
それでも小学生は体育の授業で走っていた
外に出る予定だったが、変更して籠ることにした

昨日は朝の内、久し振りに霧がかかっていた
それでも小学生は走っていた
前日同様、籠ってプロジェクトに当たった

今朝は向かいのグラウンドに霜が降りていた
その中で芝生の手入れをする人が出て作業をしていた
今日もプロジェクトに当たることになるだろう

少なくともこれからの数年間はこういう日常が続くものと観念できるようになってきた









2017年11月27日月曜日

ゲオルク・ジンメルの思想から



先週あたりからプロジェクト・オリエンティッドで動き出している
午前中はアパルトマンでプロジェクトAをやり、午後からは外でプロジェクトBに当たった
今日は風が強く、寒さを感じた
枯葉が道に溢れているところもあった


ゲオルク・ジンメルの言葉を読む
なかなかピンとくるものが出てこなかったが、少しだけ見つかった
「晩年のゲーテの特徴は、その作品がもう直接の生命からでなく、再生産された生命から流れ出ているという点にある。詳しく言えば、彼が自己のうちに見、自己に対して持っていたものが完全な生命であったのに対して、他の詩人たちは、殆ど例外なく、まだ未完成の生命を自己のうちに見、自己に対して持ち、そういう生命を生き続けていたということである。それゆえ、この時期の偉大な作品は、細部に至るまで、生命の全体性によって包まれている。彼だけが、完成した現実の生命を生きつつ、併せて、完成した生命を自分の背後に持つことが出来た」
「恐らく、ゲーテのように象徴的な生活を送った人間はあるまいーーというのは、彼は誰に対しても自分の人柄の一片或いは一面しか与えなかったが、同時に、『万人に全体を与えざるを得ない』からである。これは、汎神論者にとって、世界の各断片のうちに神の全体が住んでいるのと同じである。こういう風に象徴的に生きるというのは、道化役者にもならず仮面の人にもならぬ唯一の方法である」
「高い精神的な関心に生きることは、老人になった時の耐え難い退屈と生活の倦怠とに対して私たちを守り得る唯一のものである。何によらず、低いもの、日常的なもの、感覚的なものは、何十年も繰り返していると、甚だ索漠たるものになってしまうからである。真に精神から生まれ、精神に生きることは、その直接の質的な価値を全く離れても、変転及び無尽という価値を持っている。精神的な事柄に素質のある高い人間でも、永い年月を低い領域に過ごすことがあるーーしかし、やがて、その単調に気づき、外面的なものや感覚的なものの根本にある驚くべき変化の乏しさに気づく。それを知ると、彼は絶望に陥らずにいられないが、永らえて、なお絶望を防いでくれるのは、真に精神的な人間の内部の測るべからざる内容と自ら生じ来る不断の変遷とだけである」
(清水幾太郎訳)











2017年11月26日日曜日

アウグスティヌスの仕事



アウグスティヌスを仕事の面から見てみた

『自由意志』: 34歳で書き始め、41歳で全3巻完成
『詩編注解』: 37歳~66歳
『告白』: 43歳~46歳(全13巻)
『三位一体』: 46歳~65歳(全15巻)
『神の国』:59歳(最初の3巻)~72歳(全15巻)
『再考録』: 73歳
 そして、76歳で亡くなる

息の長い仕事をしている
「昼間は労苦に汗水流し、夜は燈火の下に執筆に心血注」いだと言われる

興味を惹いたのは、晩年に自著の編集を行ったこと
全著作を読み直し、年代順に並べ、コメントを加えて行った『再考録』である
このような作業の重要性については以前から気付いていたが、その例を見た思いだった
そして、書簡や説教も含めた全活動が後世に残ることを願って保管法まで指示したという












2017年11月25日土曜日

エヴァ・キャシディさんと始める一日



太陽が顔を見せてくれた週末
発見したばかりのエヴァ・キャシディさんを聴きながらゆっくり一日を始める
今日はプロジェクトに真面目に向き合うことができるだろうか












2017年11月24日金曜日

フリーマン・ダイソンさんのインタビュー



フリーマン・ダイソンさんのインタビューを観る
全くの偶然であった
真実を突き詰めようとする目が社会や政治にも及んでいる
戦中の日本の話も出てくる
いつも学ぶことが多い方だ
その他にも興味深いエピソードが紹介されていた

例えば、マンハッタン計画に参加したボブ・ウィルソンという科学者に関するお話がある
以前に別ブログでも取り上げたことがある方だ

"The Day After Trinity" を観る(2012.3.25)

この中で、トリニティでの爆発を観た後はそれまでの自分ではなくなったと語っている
記憶に間違いがなければ、広島での惨状を目にして精神を病むようになった方でもある

そのウィルソン博士が戦後、アクセラレータなどの巨大予算を議会に求めることになった
その時の方針は、嘘をつかないこと
つまり、基礎研究が何かの役に立つとか利益を生むというようなことを言い募らないこと
彼はこう言ったという
「それが国を護ることはできないが、護るに値する国にすることができる」
それで議会が彼を気に入り、予算獲得に成功したという
NASAのようにやるのではなく、正直に語ることが重要であると念を押していた
それが美しいからやる、ということが言えるかどうか
そして、それを理解する議員がいるのかどうかが問題になるのだろう






最後の方に、戦後のイギリスと日本の比較が出てくる
ややステレオタイプな見方が含まれているようにも見えるが、こう言っている

イギリスは国の復興を科学に求めた
一方の日本は、外からものを入れ、それを改良する技術に頼った
その結果、イギリスの科学は栄えたが国は貧しくなった
対する日本は豊かな国になった
人々は日本の車には乗ろうとするが、イギリスの車には目もくれない

求めれば手に入れることができる
問題は、何を求めるのかである



2017年11月23日木曜日

これまでのプロジェクトの検証と来年の計画



日本は勤労感謝の日とのこと
先日、サイファイ研究所ISHEのこれまでと今後のプロジェクトについて考えてみた

2016-2017プロジェクト
2018プロジェクト

大学院を終えた2016年から、研究所のミッションに合わせたプロジェクトを始めた
それをやっと振り返る余裕ができたということだろう

研究者の時代をいまから見直すと、プロジェクトが自分から疎外されていた印象が強い
当時も現在のように感じていたと思っていたが、やはりどこかが根本的に違う
いまは両者の乖離を感じなくなっている
プロジェクトが生きることと繋がってきたからかもしれない

いずれにせよ、この点は何かをする時に非常に重要な要素になるだろう
成すことが存在することを真に底から支え、存在と一体になっていること
何かを成す時に生まれる充足感の源泉には、それがあるような気がしている




2017年11月22日水曜日

週の中日に



今日は曇っていたが、午前中には快晴になってくれた
久し振りに実に気持ちの良い朝となった
旧市街に出掛け、現在取り掛かっている仕事に当たる
比較的集中できたのではないだろうか

帰りにこちらも久しぶりのリブレリーに寄った
ここの親父はお客と話し続けている
全く切れ目なく
こういう会話は日本ではなかなか聞けない

何曜日か分からなくなっている
もう週末のような気分だったが、まだ週の半ばであった
この感覚はなかなか捨て難い

それから、学生の時のように、いつまでも街に留まることがなくなってきた
日常がすぐそこにあるアパルトマンでも集中できるようになってきたのかもしれない
具体的な目的を相手にするようになったので、仕事に当たりやすくなったようでもある





2017年11月21日火曜日

プロティノスの知的態度



昨日から普通のペースで進められるようになってきた
これまで寒いので外に出たくないという気持ちがあったが、それがなくなってきた
そして頭痛も消えている
体調が戻ってきたのだろう


田中美知太郎氏の「プロチノスの著作・人物・時代」の中に興味深い一文を見つけた
「プロチノスの『三つの原理的なもの』のなかで、自分の思想はみな既にプラトンのうちにあることを語って、自己獨特の思想などといふものを、すこしも誇ろうとはしなかったのであるが、そのプラトンに對して彼は、心からの信愛と尊敬を寄せてゐたわけで、彼のプラトン引用には眞の愛讀者でなければ出來ないやうな味がある」
プロティノスのような認識は極めて重要であると考えるようになって久しい
自分が考えることなどすでに考えられていると気付くことで得られるものは大きい
それによってわれわれは独創性というものから解放される
それは何を意味しているのかと言えば、我々は学ばなければならないということだろう
自分が考えたことは過去に眠っているからだ




2017年11月19日日曜日

明日から動き出せるか、そしてアウグスティヌスの一生



今年も残り僅かになり、振り返りの時期に入っているが、まだやるべきことが残っている
しかし、このところの風邪で手が付けられなかった
今日は細かいことを処理したが、これはこれで重要なことであった
明日辺りから動き出せるのではないだろうか
いずれにせよ、これからは project-oriented の傾向が強くなりそうである
やや詰まらないところもあるが、この10年その反対をやって来たので致し方ないだろう
豊穣のときをたっぷり味わわせていただいたと感じているからだ
いま、見境なく拾い集めたものを纏め上げる時期が来たのだと理解することにしている




昨日の本にアウグスティヌスの人生行路図が出ていた

354年、北アフリカ、現在のアルジェリアにあるタガステに生まれる
370年からカルタゴで学ぶ
371年、父パトリキウスが受洗して亡くなる
372年、同棲中の女性との間に息子アデオダトゥスが生まれる
 ‹ a-deo-datus ›とは、「神から与えられた者」の意
同棲は15年に及ぶも結婚には至らず
肉欲の中にあったと『告白』している
釈迦の若い時にも似たようなところがあったのではないか

383年にローマへ、そして384年にはミラノへ
385年、母モニカがミラノへ、生活を共にしていた女性との別れを逡巡の結果、決断する
386年、外で遊ぶ子どもから「Tolle, lege(取れ、読め)」という声を聞く
目に入ったパウロの「ローマ人への手紙」を手に取ると、次の言葉があった
「宴楽と泥酔、好色と淫乱、争いと妬みとを捨てよ。主イエス・キリストを着よ。肉欲を満たすことに心を向けるな」
387年、この言葉で回心、息子アデオダトゥスとともに洗礼を受け、キリスト教徒になる
387年、アフリカに戻る途中、母モニカがオスティアで没する
その数日前の二人の不思議な体験がアウグスティヌスにより報告されている
「二人の思考は、すべての物質的な世界を踏み越えて、日と月と星が地上を照らす天空も通り過ぎてはるかに上昇し、さらに純粋となって自分たち自身の知的な精神のうちに到達し、さらに進んで非物質的な『ものそれ自身』へと向かった」
388年、タガステに戻り、清貧生活を始める
390年、 最愛の息子アデオダトゥスを失う

391年、北アフリカ、ヒッポ教会の司祭に
395年、補佐司教を経て、396年には司教に就任
英語でAugustine of Hippo、フランス語でAugustin d'Hipponeと呼ばれる所以である
426年、司教から引退
430年、ヴァンダル族包囲の中、ヒッポで病に倒れ、亡くなる。享年76。





2017年11月18日土曜日

『アウグスティヌス』 を読む



日本での疲れが出たのか、風邪の症状が続いていた
立ち止まって見直すとやはりハードな日程だったので致し方ないだろう
寒気と頭痛がやっと収まりつつある

先週の水曜、羽田からパリに向かうの機内で1冊の本を読んできた
手に入れたばかりの出村和彦著『アウグスティヌス―「心」の哲学者』である
帯には「内なる自分を越えよ」とある
パリで「サントーギュスタン」として耳に馴染んでしまった方のお話である
直後の印象が薄れてしまっているが、簡単にメモしておきたい

新プラトン派のプロティノスの体系とは?
超越的で根源的な「一者」から「知性」、「魂」そして物質的なものという段階的存在を措定
「一者」から恰も光が広がるようにその善性と存在性が流出し、下位の「魂」や物体へ波及
他方、可変的な物体や魂から上位のより普遍的な知性を経て「一者」との合一へと帰還

アウグスティヌスは自身に立ち返るように促され、内奥へと向かって行ったようだ
外面に向かう方とは反対に、外から内へ、内からより内側へ、そして最も内奥へ向かう
そこにあるのが「心」で、わたしとは切っても切れない最も親しいところ
そこで見えてくるのは「光の体験」としている
その光は、それを見ようとする精神を超えたところの普通の光よりも遥かに明るいもの
比較を絶して照り輝くものだという
それを見たアウグスティヌスは、こう言ったという

  「おお、永遠の真理、真理なる愛、愛なる永遠よ、あなたこそはわたしの神」

可変的な物質から精神へ、さらにそれを超えた普遍的なものへと思索を進める
そして最後に、永遠不変の「ものそのもの」を目にするところまで上昇を続ける


この部分は、わたしが求めている「絶対的真理」への道にも通じるものがある
これまで自らの方向性や方法論に疑問もあったが、それほどズレていないのかもしれない
そんな印象を持った




2017年11月14日火曜日

ベルジョヌリー湖散策



今日も快晴である
朝、馴染みのカフェに出掛けた
帰りにトラムから外の景色を眺めている時、水面が美しい一帯があった
そのまま通り過ぎるのは勿体ないので、降りて散策することにした
インプロヴィゼーションである
場所はバルザック公園近くでシェール川に近接するベルジョヌリー湖(Lac de la Bergennerie)か
以前から目に入ってはいたが、名前は知らなかった
一度散策しようと思ったこともあるが、今まで叶わなかった




今日はシェール川も完全な凪で、この世界をそのまま映し出していた
鳩さんも平和な日を感じているのか、お仲間と日向ぼっこ
こころ安らかにしてくれる風景である 




湖周辺は緑豊かな公園になっており、ランニングする人やベンチでもの想う人を何人か見かけた 
こちらの秋は赤い紅葉を見ることは少ないのかもしれない
葉が黄色くなり、そして落ちるだけのようだ
まだ完全には枝が露出していない
フランスに渡る前、全裸の樹の美しさを発見したが、それは人間では創ることができない芸術作品だ







2017年11月13日月曜日

寒いトゥール



今日、やっと晴れ渡ってくれた
このところ風邪のような症状があり、頭痛が酷かった
頭が回らないので苦労したが、今日はほんの少し改善傾向があったのでジャン・ジョレスまで出た
ただ、やはり寒い
一つだけ仕事をしてから帰ってきた
アパルトマンに戻ると、ホッとする
時差ぼけはないものの日本での疲れが出たのかもしれない
紅葉はまだという感じであった





2017年11月11日土曜日

お湿りのトゥール




こちらに戻ってから、お湿りの日が続いている
今日はこれまでで一番降っていたようだ

今回の日本で一日の時間の使い方の極限を味わったように感じている
ただ、こちらに戻ったからと言って、直ちにその中に入る気分ではない
もう少し体を休めたいと思っているようだ





2017年11月9日木曜日

サイファイ・フォーラムFPSSの新しいフェースブック

       Bagnères-de-Luchon


今日は移行日としてゆっくり過ごす
今回の日本滞在で固まってきたプロジェをぼんやりと思い浮かべながら過ごしたと言ってよいだろう

日本でのぎっしり詰まった日常の影響のためか、体が固まったようになっている
これから少しずつほぐして行かなければならないだろう

サイファイ・フォーラムFPSSのフェースブックを新たに作った
これから議論や情報発信の場所になることを願っている
興味をお持ちの方は参加していただければ幸いである

ページはこちらです






2017年11月8日水曜日

雨の東京から雨のトゥールへ



出発の東京は雨だった
空港では荷物の重量オーバーで超過料金を取られた
こういうことはなかなかない
準備不足のため、関連資料をすべて持参しなければならなかったことが大きな原因になる
それに日本で紙製品を買ったことが影響した

乗り換えが大変になるとは思っていたが、その通りになった
ただ、すべては想定内で、やはり雨のトゥールに無事戻った
春の時よりはさらに日本との落差が小さくなり、殆ど同じ平面になっている
より重要なのは、こちらの意識レベルが日本における第三層に当たるということだろう
この現象には以前から気付いているが、今回それがより明確に感じられた





2017年11月7日火曜日

最終日の感想、改めて "J'observe donc je suis"



今回の滞在最後の日を迎えた

全く予想ができない、かなり無謀な活動計画ではあったが、何もなかったように終えることができた
その過程でいろいろな問題が見えてきただけではなく、いくつかの決断をすることもできた
これらは現場に身を置き、人と接することが齎してくれるものだろう
動きの中で自然に決まってくることが少なくない
そのことを今回も経験することになったが、その感度は毎回上がってきているようである

まず、一日がどれだけ長い時間を持っているのかということ
物理的な時間しか頭にない場合には、その短さに怯む
それとは別に、主観的な時間、その中に入ると永遠を感じることができる時間がある
今回、最後の最後まで熟成させ、搾り取ることができたのは、まさにこのお蔭である
要するに、終わるまで終わらないのである
このメカニズムを理解し、使うことができると、いずれ奇跡が起こるかもしれない

そして、最近気付いたことを今回も確認することができた
それは、関係がないと思われていた異なる活動の間に繋がりが見えてくることである
そこから、何かより大きなものに広がって行くのではないかという期待感が生まれてくる
これは目を凝らしていなければ見えてこないものなので、これからも細心の観察を続けたい
まさに、"J'observe donc je suis." に相応しい






2017年11月6日月曜日

フランス大使館でのランデブー



先日、パスツール財団を訪問した際に出ていたお話を少し前に進めてはどうかということになってきた
具体的に進めることができるかどうかを探るために、一緒に来るように渡辺様から連絡が入った
本日、そのランデブーが仏大使館であった

来年は日仏友好160年に当たるという
それに合わせた企画が科学技術の分野でも検討されているという
その一環としてパスツール財団のプロジェクトを組み込むことができそうな感触であった
まだ問題は残されているものの、という条件は付くのだが、、
問題が解決され、プロジェクトが実現されることになれば素晴らしいだろう
まだ先の話なので様子を見るしかなさそうではあるのだが、、






2017年11月5日日曜日

吉野山奥千本『西行庵』へ



吉野山散策、今回で最後になる
修行門からきつい登りが始まる
時に下界を見ながら只管歩く

先に「いま・ここ」に意識を集中して歩くと書いたが、それはこうも言えるものである
「自分は全く動かず、周りが過ぎ去っていく」という感覚である
この感覚を体得して久しいが、このような苦痛を伴う局面では特に有効である
今回もそれが実証されたことになる




金峯神社と義経の隠れ塔の案内が現れた





金峰神社は吉野山の地主神、金山毘古命(かなやまひこのみこと)が祭神
少し高いところにあるので、今回は敬遠
下ったところにある義経隠れ塔に向かう





隠れ塔はどうということはない建物に見えた
元に戻るためには再び上らなければならないことを忘れていた
そして、さらに歩みを進める
只管である







道行は、わたしが「内なる友」と呼ぶ相手との会話を交わしながらであった
マルセル・コンシュ氏が「内なる神」と呼んだものである
しかし、アリストテレスも知性は「我々の内なる神」と言っている
しかも、それがヘルモティモスのものであれ、アナクサゴラスのものであれ、と加えている
「すべては考えられている」のである
しかし、それはどうでもよいことだと考えるようになっている
問題は、それを自分が発見できるかどうかだからだ

ところで、この紀元前6世紀のヘルモティモスという方
wikiによれば、物理的な世界は静的であるのに対して、心こそ変化の原因になると考えていたようだ
アリストテレスによれば、アナクサゴラスに先んじて、このことを唱えたとされる





今回の目的地である西行庵の案内が現れた
下千本の辺りの茶屋の御主人は、西行庵に行く最後はちょっとした下りですからね、と言っていた
広い緩やかな下りの道があるものだと勝手に想像していた
しかし、様子が変である
「ちょっとした」が曲者であった




まず、道が狭い
左の方は谷で右は山、台風の後で山が崩れて道を塞ぎ、しかも土が濡れている
気を付けないと危ない
山側には手摺りが付いている

最近、この体は自分の意思の下にないことに気付き始めている
以前であれば、思えば答えてくれた
しかし、いまでは意思に耳を貸さなくなっているのだ
こちらも体を信用しなくなってきた
今回ほど手摺りのお世話になったことはないのではないだろうか
緊張しながら歩いて暫くすると、目的地に辿り着いた





見晴らしの良い方には休憩所のようなものが建っている
一人ゆっくりとされている方がいる
そして、目を右にやると目的の建物があった
なぜか、あっけない





庵にはこの日二度目の西行さんが座している
こんな粗末なところに3年ほど住んだとのことだが、冬もここで越したのだろうか
 




休憩所に行き、下を見るとこの景色
今回はこれで満足とすることにした
ただ、紅葉が進むとどれだけ素晴らしいだろうかと想像はできた
そして、春の桜の季節も
しかし、人が溢れた中では味わいたくない空間にも思えた
 




庵を目にした時、その前に座って絵を描いている方がいた
丁度、左手の木の根が見えなくなる当たりである
上の写真では、碑の写真を撮っている方である
どれくらいここに座っていたのだろうか
わたしを含めて三人だけの空間であった





西行さんも使ったと言われる苔清水で手を浄める
岩の間から小さな蟹が顔を出した
写真を撮ろうとしたところで姿を隠した





そうすると、今まで気付かなかったこんな置物が目に入ってきた
実はもう一組置かれてあった
他の場所でもこういう仕掛けがされていた




そして句碑もあったが、苔でよく読めない
拡大すると
 春雨の こしたにつたふ清水哉
 『笈の小文』に出ているようだ

今回吉野を歩いて感じたことは、ここは俳句ではなく短歌で詠む世界ではないかということ
情念を揺り動かされるような何かがあるところだからだ
いずれにしてもどちらも駄目なので、自分には直接の関係はないのだが、、




この穏やかな稜線と水墨画を思わせるその色合いがなかなかよい
こころを穏やかにしてくれる




西行庵から上ったあとは、只管下るだけ
これが意外にきつい
それでも2時間はかかったのではないだろうか
一体何時間かけて登ったのだろうか
帰路、われながら感心しながら歩いていた

そして今回、下を行く曲がりくねった道を眺めることが快感となった
あそこを登って来たのだという満足感が湧くからだろう
初めてのことである




登り口まで降りると地図があった
左下の吉野駅から右上の西行庵を往復したことになる
どれだけの距離を歩いたのか、ネット検索したところ、以下のサイトがなかなか良くできている

ヤマレコ

この図によれば、片道7-8キロで15キロを往復したことになる
このようなサイトを最初に見ていれば、おそらく行ってみようなどとは思わなかっただろう
空を見上げて座っているだけの者にしてみると、考えられないことであるからだ
最初に見た漫画の地図さまさまである




夕方の黒門の辺りは朝とは打って変わって結構な人出だった
出発点に近づいた時、大きな満月が目に入った
吉野の月も拝むことができ、思い立ったが吉日の散策も満足のいくものになった





夕方の5時ごろ吉野の駅に到着
駅横のお店で焼き立てのよもぎおやきを頬張ってから帰路についた