lundi 31 octobre 2016

奈良で現代日本の問題点を垣間見る


   Prof. David Brautigan (Univ. Virginia, USA)


今日は奈良女子大に場所を移し、渡邊利雄先生のオーガナイズによるミニシンポジウムに参加
第一部が脱リン酸化酵素研究のこれまでとこれから
第二部は海外大学の紹介
理系女性教育開発共同機構が主催の会であった

海外からの参加者は、写真にあるブローティガン、シュノリカー、ボレンの三先生
両方のセッションで研究と大学の紹介を行っていた
東北大の田村名誉教授の20年以上に亘るお力添えが背景にあることが見えてくる
私は第二部で「パリの大学院で科学の哲学を学ぶ」と題して、個人的な経験を話させていただいた
渡邊先生のご苦労に改めて感謝したい


  Prof. Shirish Shenolikar (Duke-NUS, Singapore)


第二部を聞いていると、海外の各大学とも特徴がはっきりと表れていて、それぞれに魅力的である
昔の教育と違い、微に入り細を穿つとでもいうべき方法論が駆使されていて少々驚いた
われわれの時代の牧歌的な教育が懐かしい

多くの学生の参加があり、質疑も活発に行われていた
ただ、欧米の大学生に比べると、自分を外に出して表現することが苦手のように見える
この点に関しては、海外の先生からも指摘があった

懇親会で伺ったところによると、やはり小中高における教育が反映されているようだ
われわれの時もそうだったので、その傾向が改善されていないと言えそうだ
あるいは、外の目に対してさらに過敏になっているのかもしれない

それから、文系、理系を高校の段階で分ける今の方針に問題ありとの指摘もあった
広くものを見る必要性を訴えている私の立場からすると、その意見には同意せざるを得ない
文理に分けたり、一つの領域を全体から引き離すことが齎す影響が見えていないのだろう
ヤスパースはその結果生まれる産物をこう表現している

「おそらく優れた道具だけは所有しているが、教養というものを一切欠いた人間」

政策決定者にそれが見えないということは、同類だからなのか
見えていてそうできないのだとしたら、それはなぜなのか
どうしても理解できないところである


(左から)田村真理(東北大)、渡邊利雄(奈良女子大)、雲島知恵(奈良女子大)、
  小河穂波(奈良女子大)、D. Brautigan、S. Shenolikar、Mathieu Bollen 
  (KU Leuven, Belgium)、吉田信也(奈良女子大)の各先生


懇親会がお開きになる頃、やっと科学と哲学の話題になってきた
この問題に興味を持っているのは私一人だったからだろう
今回は学生のために日本語で話すように指定されていた
そのため、海外からの参加者は何を話していたのか分からなかったはずである
ただ、スライドは覚えていて、その内容を訊いてきたところからディスカッションが始まった

彼らの精神が明晰を求めていることが分かる
自分が分からないことを認め、それを確かめようとするごく当たり前の精神と言ってもよい
いつも感心している彼らの特徴である
日本の教育に絡めれば、これを育む何かが欠けているということになるのだろうか

最後は、科学が明らかにしたことが本当に世界を表しているのかという問いに向かって行った
実は、科学者が一番哲学者に近いところにいるのではないか
そう考えざるを得ない展開であった
今度は場所を変え、英語での発表の後、最初からディスカッションをやってみたいものである


ところで、ボレンさんから600ページになんなんとする出たばかりの本をプレゼントされた
トマス・モアによる 『ユートピア』 の出版500年を記念してルーヴェンの研究者達が書いた本である

'A Truly Golden Handbook': The Scholarly Quest for Utopia (Leuven UP)

彼は研究に忙しいので、一日中暇な私にぴったりと思ったようである
いずれにしても、嬉しい贈り物であった





samedi 29 octobre 2016

カンファレンス三日目には大学生の発表、そして近大ツナ



昨夜のマッコリのせいか、今朝は目覚めが良かった
昨日とは異なり、朝のセッションから参加

今回の会の特徴になる驚きの取り組みがあった
最初のセッションの後に大学生10人ほどによる数分間の英語発表セッションが用意されていた
卒論のエッセンスを国際会議というセッティングで発表させるという教育的配慮になるのだろうか
中に一人だけ女子高生と思われる立派な発表があり、驚いた

浦島太郎という印象である

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今夜も懇親会があった
有名な近大ツナ62キロが振る舞われた
そこでのショットをいくつか
ショットにはないが、今日発表した大学生、若手研究者の表彰もあった
これからに繋がるエネルギーを感じることができた



   近大ツナ 62kg


  島先生(宮城県立がんセンター研究所)、原島先生(崇城大学)


  新谷(基生研)、一人置いて、前濵(神戸大)、渡邊(奈良女子大)の各先生


  Dr. Ben Neel (NYU)



  Dr. Martha Cyert (Stanford U)

 
   Dr. Nick Tonks (Cold Spring Harbor Lab)


  Dr. Ari Elson (Weizmann Inst)


  Dr. Michel Tremblay (McGill U) and his company


その他にも心に滲みる言葉を聞くことができたり、20年ぶりの再会があったり
総じて良い会だったと言えそうである
今回の一つの目的が終わったことになる
山を越えると、もう一山が待っている





vendredi 28 octobre 2016

カンファレンス二日目は懇親会

(左から) M. Cyert (Stanford), D. Brautigan (U Virginia), N. Tonks (CSHL),
  T.C. Meng (Academia Sinica), F.G. Haj (UC Davis), Z. Wang (Case Western
  Reserve U), B. Neel (NYU), M. Bollen (U Leuven) の各先生


会議も二日目
懇親会が開かれた
今日は会議よりもこちらがメインだった
ここでも昔の仲間と親しく話すことができた

このような時間にしばしば貴重な情報が得られるものである
今は現場から離れた身なので、以前ほどではない
しかし、それでも、これからの方向性を促すような言葉に接することができた
時差ぼけは酷かったが、参加して正解であった
その様子をいくつか


  島先生(宮城県立がんセンター研究所)、藤原先生(近大)


  鍔田先生(東京医科歯科大)、乾先生(熊本大)


  野田(基生研)、登田(広島大)、持田(熊本大)、大浜(山口大)の諸先生










jeudi 27 octobre 2016

昔の研究仲間と再会、そして科学の現状

 
  基調講演をするミシェル・トレンブレー教授(マギル大学)


本日は午後から近畿大学に向かった
第12回プロテインホスファターゼ国際カンファレンスに出席のためである
実際の目的は、昔の研究仲間の顔を見ることであった
このような機会がなければ、まず会うことがない人たちばかりである

お陰様で多くの方に会い、言葉を交わすことができた
同時に、半分くらいは顔触れが変わっている
新陳代謝が行われているよい兆候だろう
この会の発足に関わった者としては、これからも継続されることを願いたい

十数年振りくらいに会うことになったイスラエルの研究者に日本の初印象を訊いてみた
彼の答えは、綺麗で静かなところ、というもの
これまで経験したどことも違う世界だと言っていた

科学の世界は久しぶりだが、いろいろなことを感じた
まず、略語が氾濫していて、話はその略語の繋がりから成っているだけのように聞こえる
それらのジャーゴンを知らない人は何を言っているのか全く分からないだろう
まさに、科学の話は生きる上で全く必要を感じないものになることがよく分かる

また、一つの話を聞いて、何かを理解したという気分にはならない
かなり小さな部分で起こっていることに集中しているため、全体との関連性が分からないからだろう
その上、演者相互間の話の繋がりが殆ど見られないので、その印象がさらに強まる

今や、役に立つことが求められる時代
生物学の基礎研究が必要なのは、それが治療法を生み出すから、というところに行ってしまう
研究者も、小さな部分から病気に有効な方策を探し出すという意識になってしまうのか
全体の理解という視点を持つことが益々難しくなっているようである


帰りに、古本屋に寄って暫く時間を過ごし、数冊手に入れた
最後にもう1冊手に取ると、年配のご主人が、お代はよろしいですよ
実際にどうなっているのかは別にして、気持ちよく帰ってきた






mercredi 26 octobre 2016

続く時は続くもの



今日も予定通り進まないことがあった
若い友人とのディネの場所に行った
しかし、あるべきコンプレックスにはその店の名前がないのである
こんなことは初めてである
どんなことになるのか、様子を見ることにした

まず、それらしい店に訊いてみた
すると、1週間ほど前に模様替えをして、名前まで変えた店があるという
そこに行ってみると、探し求めている店であった
幸い経営者は変わていなかったので何とかなったのだが、、

それにしても続く時は続くものである




mardi 25 octobre 2016

もう一つのカフェ?



先日のこと
フランス語で書かれた哲学書を読むカフェをやってはどうか、というアイディアが浮かんだ
生き方に関連した哲学を展開した方の著作を中心にして
以前に開いたSHEの懇親会で出てきた話が思い出されたからだろう
その上、フランス語から読んでいくと、翻訳では得られない何かを感じることが少なくない
わたしの場合、フランス語をやっていなければ哲学には入っていなかったと断言できるくらいである

具体的には、一人の哲学者の書を一冊読むという手もある
しかし、今のところ日本での時間が限られているので難しそうである
面白そうなテーマについて書かれた1章を集中して読む、というやり方であれば可能かもしれない
数回に分けて

ただ、今の3つのカフェに加えてもう一つ増えるとなると、マスターの限界を超えそうな予感もする
勿論、この試みは参加希望者がいることが前提ではあるのだが、、
いずれにせよ、始めることができるのは来年以降になるので、もう少しアイディアを温めてみたい





lundi 24 octobre 2016

真っ暗な日本に到着、そして日常に溢れる創造



もう6時には真っ暗な日本に着いた

帰りのJAL機内ではオーディオが全く聞こえない席になった
こちらは諦めていたが、5-6回は調整していただいたのではないかと思う
しかし、それでもダメ
着陸時、迷惑をかけたのでコンペンセーションをしたいと言う
その上、何人もがお詫びに現れ、恐縮する

こんなことはエア・フランスでは考えられないのではないだろうか
1-2度確かめて、笑い飛ばすかもしれない
日本の対応が徹底していることに改めて感心する
しかし、あそこまでやる必要はあるのだろうか、という思いも湧いてくる
日本では、それが求められているということなのか
今のわたしには、随分と窮屈な世界に映るのだが、、

終わってみれば、落ち着くところに落ち着いたという今回の移動であった


これは最近の変化になるが、こういうことが起こっている
何かの動きをしている時、「これは予定していたものとは違う!」とはっきり感じる瞬間が増えている
今回のようにはっきり分かるものだけではなく、どんなに小さなことでも見逃さなくなっている
大袈裟に言えば、それは分かれ道であり、決まった軌道からの揺らぎである

買い物に出る、カフェに向かう、その移動やそれぞれの場所で起こることや人の言葉や態度など
実は日常に溢れているが、忙しくしているとそのことを意識できないだけのものである
これらは何とも小さなことのように見える
しかし、それを大きなこととして考えることができるようになっている
人生がそこで創造されているという感覚である
そして、その瞬間、「にやっ」 と心の中で笑みがこぼれ、その次を期待しているのである
それらの微妙な変化を捕え、味わう中に人生の悦びさえあると考えるようになっている
忙しくしているということは、このような楽しみを奪っていると言えるかもしれない

これはエピクロスの言う「揺らぎ」にも繋がるものだろうか
より詳しく見れば、上で「揺らぎ」という言葉が浮かんできたことで、エピクロスが出てきたのだが、、
あるいは、「わたしの発見」 になるのか
いずれにせよ、そこに悦びを見出せるか否かが重要なのである





dimanche 23 octobre 2016

これから日本へ



これから日本に向かう
奈良女子大学の会の前にある国際会議に出席し、来月SHEとPAWLを開くためである
今朝、トゥールからCDGまでやってきた
パリの時よりはずっと楽である
メトロでの乗り換えや階段の上り下りがなく、座っているだけだからだ

問題は出る時のタクシーにあった
タクシーの予約はフランスに来て初めて
ウィークデーであればバスもあったのだが、如何せん日曜日の早朝
予約時刻になっても来ないので電話すると、電車の時刻は?と訊いてきた
どうも自分の都合で動いているようである
それに自分の出発点からメーターを動かしていて、かなりの料金になっている
こんなやり方が一般的なのだろうか?
ドライバーの女性は、そうだ、と言っていたが、、
駅まではフランスの病院や教育の問題点について熱く語っていた
最後は少し安くしてくれたが、次回はウィークデーの出発にしたいものである

空港に着くと、上の景色
なぜか懐かしい
最初の?ブログにあると思われる眺めだが、その時より少しはうまく撮れているだろうか?




「こと」はすんなり進まないものである
出発便の到着が遅れ、乗り継ぎ便に間に合わなくなった
しかし、全く慌てない
今では、これが本当の「こと」の進行だったのだ、とまで考えることができるようなっている
すべてを受け入れることができるようになったとも言える
それで何か新しいものを見ることさえできるのではないかという期待感まで持つようになっている
まさに、誤謬こそ創造の母、と本当に思っているのだろう

ということで、どうなることかと様子を見ていると、こうなった
出発は7時間、到着は4時間ほど遅れる直行便があるけれどもどうですかと言う
OKと言ってしばらくすると、エコノミーからビジネスに変貌したチケットが戻ってきた
その上、今回のエア・フランスの担当者の態度が騎士のようで、気持ちよく変更を受け入れた

こんなことは、その昔ニューヨークから帰国した時以来である
その時はオーバーブッキングで困っていると、なぜかエコノミーからファーストクラスになった
右の隣には中国に向かうというアメリカの外交官
左の端の方には今は亡き柔道の猪熊功さんが乗っていたのを覚えている

今回は長い旅になりそうである

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長い待ち時間の最後にもう一つ出来事があった
日本に向かうJALはビジネスクラスを認めず、何のことはないエコノミーとなった
エア・フランスが空手形を出しただけという話になった
これでやっと出発できそうである
やはり、いやはやだろうか




vendredi 21 octobre 2016

旧市街で良い時間



もうすぐ帰国である
久しぶりに気分が盛り上がり、旧市街に出掛ける
SHEやPAWLの準備もこれからという状態だが、今日は良い時間を過ごすことができた

今月の31日(月)、奈良女子大学で20-30分お話をすることになった
外国の科学者などがそれぞれの大学の様子や研究のことを紹介するフォーラムのようである
わたしのタイトルは 「パリの大学院で科学の哲学を学ぶ」 ということに落ち着いた
興味が湧くような話になるとよいのだが、、

帰りにお店に入ってみた
やはり店員さんの対応が鷹揚で好感が持てる



jeudi 20 octobre 2016

植物園の景色から



今日はどんよりの空
なかなか取り掛かる気にならなかった小さなプロジェ
やっと向き合うことができるようになってきた

午後の休みに散策に出る
植物園を外から眺めながら歩いていると、こんな景色が現れた
何を考えて彼らは生きているのだろうか
意志が徹底的に抑えられてしまったように見えるのは、余りにも人間中心的な見方だろうか

夜、一段落のけりを付けることができた
やっとであった
こちらの意欲も次第に抑えられて行くのだろうか





mercredi 19 octobre 2016

フランスに落ち着いている?



今日は雲が多くなったり、少なくなったり
飛行機雲も結構次から次に現れる
それらを眺めているだけで何もやる気がなくなってくる
帰国前の準備があるはずなのだが、さっぱりだ
まだ「思考中」であると思いたい

今朝、カートを持って買い物に出た
行きのバスを待っていると、道を尋ねる人が現れた
普段は日本語の世界に住んでいるのだろう
咄嗟のことだったので、なかなか出て来ない
これがアメリカ時代と違うところだ
日常のフランス語に対する態度を改めたいところである

帰りは歩いて帰ってきた
途中、家を出るところの老紳士にこう声を掛けられる
「マイヨ・ジョーンヌを持ってますね!」
自分ではカートの色は明るい緑だと思っていたのだが、黄色に見えるのだろうか
どこからどんな言葉が飛び出してくるのか分からない面白さがある

こういう日常の中にいると、フランスに落ち着いて、そこで暮らしているという感覚になる
これはパリではなかったことだ
長くなるにつれ、パリに住んでいるという感覚になっていると思っていたのだが、、
程度の違いだけなのかもしれないが、新たな感覚に今日気付いた







mardi 18 octobre 2016

霧に霞むグラウンド



今朝、シャッターを開けるとこの景色
パリのアパルトマンからは、あまり見た記憶がない
エッフェル塔の上半分が雲の上というような景色はあったが、、
今日も小学生がグラウンドの周りを走っている





お昼には太陽が現れ、気持ちの良い天候になってきた
トゥールの空も変わりやすいようだ
小学生に負けず、こちらも重い腰を上げることができるだろうか




lundi 17 octobre 2016

リブレリーから市庁舎界隈へ



今朝は雨交じりの曇り空
午後から晴れてきたので外出
久し振りにリブレリーでゆっくりする
と言っても、以前に比べたら烏の行水程度

いくつか気になるものがあった
以前であれば、すべて手に入れていただろう
その欲求を抑えることができなかったからだ
いまは少し離れて見ている
自らの内側を整理する必要があると思っているのだろう

今日の市庁舎には秋のコンサートの案内が出ていた
何とも穏やかな秋の昼下がりである
この界隈の雰囲気、気に入りつつある




dimanche 16 octobre 2016

新しい思想、宗教を生み出すことができるのか?




人間が自然をどのように見てきたのか
その見方によって、自然に対する態度が変わってくる
西欧においては、キリスト教の影響が強かったようである
キリスト教は最も人間中心主義的宗教とも言われる

キリスト教は古代のアニミズムを駆逐した
そして、自然は人間に仕える以外には存在理由がないと考えるようになる
人間が自然の主人として思うように利用してもよいとされる
それがいまに至るまで西欧人の根底に残っていると言う人もいる

この考え方は科学とも深く結びつき、科学の発展に寄与した大きな要素と言えるだろう
一方、東洋には汎神論的、あるいは汎心論的な見方が古くからあるとされている
そこでは、西欧のように自然に対する存在として人間がいるのではない
自然の中に人間も位置づけられている
そのため科学も生まれなかったというのが西欧の主張である

特に20世紀後半から顕著になってきた問題に自然環境の破壊がある
その背景に宗教的な見方があるので、その対策も宗教的でなければならないとの主張がある
つまり、この危機には科学技術ではなく、新たな思想を構築して対処しようということである

上の見方に従えば、日本などでは自然破壊は起こらないはずだが、そうはなっていない
宗教的な考え方を超える経済中心主義とでもいうものが優勢になっているからだろうか
あるいは、それが新たな宗教となり、世界を席巻していると言えるのかもしれない
人間はそれに代わる力のある思想(宗教)を編み出すことができるのだろうか





samedi 15 octobre 2016

買い物の後は瞑想?



今朝は近くと言っても10分ほど歩いたところにある店まで買い物に出かけた
先日カートを手に入れたため、距離があっても気にならなくなっている
こんなことならもっと早く、という思いもあるが、以前はあれはお年寄りのものと思っていた節がある
全く選択肢に入っていなかった
しかし、もうそうも言っていられない
買い物が快適になってきたと同時に、買い過ぎる傾向も出ている

戻ってシャッターを開けると写真のように飛行機雲がいくつも見られる
空は生きている
パリで獲得した感受性によるのだろう
どこか気持ちが落ち着く
実に気持ちの良い週末の昼下がりである
久し振りに瞑想のお時間としてもよさそうである
ただ、パリのバルコンは完全に隔離されていたが、ここは両隣との境がすりガラス一枚
まだ慣れないせいか、少々気になる





vendredi 14 octobre 2016

これまで何を言ってきたのか



先日、バスを待っている時、こんな景色が目に入ってきた
全く気付かなかった眺めである
どこか違う町にいるような清々しい気分になり、シャッターを押した

昨日は旧市街へ
新しい、と言っても古い建物の中にある初めてのカフェに入る
仕事をするにはよさそうだと思ったが、暫くすると学生がごっそり入ってきた
そう言えば、この近くに文系の学部があることを思い出した
五月蠅くなってきたので1時間ほどで出た

夜、2-3箱開けてみた
その中からこちらに来てすぐに日本から来た友人が持ってきてくれた寄せ書きが現れた
これは以前にも感じた驚きのような気がするので、どこかに書いたのではないかと思う
わたしの学生時代の発言を覚えていたT氏の書き込みを見てびっくりしたのだ
その発言とは「わたしは良い日本語を研究しているのです」というもの
全く記憶にない
そんなことを意識したことも覚えていない

こんなエピソードに出会うと、無理な願望が浮かんでくる
あの時代からこちらに来るまでの日常の中で、このわたしは一体何を言ってきたのか
その時、どんなことを考えてそんなことを言ったのか
そのすべてを知りたくなる
もしそんな資料が得られるならば、その解析だけで残りの時間を使い切ってしまいそうである










jeudi 13 octobre 2016

SHE と PAWL のお知らせ



お知らせ

今年後半の SHE/PAWL の予定が以下のように決まりました
興味をお持ちの方の参加をお待ちしております
申し込みは she.yakura@gmail.com までお願いいたします 

なお、折に触れてこれらの会に関連することを綴る場を設けました
お暇の折にでも訪問いただければ幸いです
 


第2回サイファイ・カフェSHE札幌
案内ポスター
2016年11月8日(火)
18:30~20:30
遺伝子ができること、できないこと
札幌カフェ 2階会場





第4回カフェフィロPAWL
案内ポスター
2016年11月11日(金)
18:30~20:30
アリストテレスが考えた善き人生
ルノアール ・ 飯田橋西口店 2号室


(会場と時間がこれまでと違っています)



第10回サイファイ・カフェSHE
案内ポスター
2016年11月17日(木)・18日(金)
18:30~20:30
植物という存在を考える
ルノアール ・ 飯田橋西口店 2号室



(会場と時間がこれまでと違っています)









dimanche 9 octobre 2016

本の整理で見えてきたこと



このところ箱の整理をしている
箱から本を出し、本棚に移し替える作業である
数時間すると飽きてくるので、その気になった時にしか手を付けない
精神に負荷を掛けないことが重要だと考えているからだろう
道はまだ遠いが、お蔭様で気持ちよく作業ができている
以下は、今日の発見になる

荷物の中には日本から持ってきたままのものもある
その中からフランス語関連のものが沢山出てきた
こんなにいろいろやっていたのか、という思いだ
こちらに来てからは、そのようなフランス語学習の本には触らないことにしていた
語学の学習ではなく、思考の方に重点を置いていたからである
この辺りで再び始めてもよいのでは、という気持ちもどこかにあるが、体が動かない
9年の間に滲み込んだ癖はなかなか抜けない

これまでもこの9年という数字を何度も書いてきたが、特に何とも思わなかった
改めて考えると、これは相当な長さになる
昔であれば、その長さを感じたことだろう
しかしこちらに来てからは、9年前もすぐそこにあるという感じになっているので実感が湧かない
ただ、その殆どは頭の中での生活だったので、いろいろなところに影響を与えているはずである
それを自分で感じ取ることができないのは残念である

ところで、本の整理をしながらこれまでに興味を持ったテーマのようなものが浮かび上がってきた
それは9年の間にこの身の受容体が反応したものがいくつかの塊を作ってきたような図である
はっきりした塊になっているものもあれば、周辺がぼやけているものもある
さらに、まだ塊にはなっていないが、すでに塊を作っているところに吸い寄せられそうなものもある
哲学者についても同じようなことが起こっている
これからそれぞれについてさらに踏み込むことができれば幸いである

今回、パリとは違った繋がりで本が並べられることになっている
そのため、それらを眺めることによって、新たな発見があるかもしれない
そんな期待も湧いている




夜、こちらに来た2007年の記録が出てきた
夜空と言ってもまだ明るいが、その空を眺めながら当時に思いを馳せる
純粋な学びの心に溢れている様子が窺える
まさに生まれて初めての経験だったのである







vendredi 7 octobre 2016

全体の中のいまを楽しむ



このところ、一日の少しの時間を使って、箱の中身を出している
忘れていたが、すぐに思い出すというものが殆どである
時々、現在と直接結び付く品物が出てくる
最近の箱にはまだ辿り着いていない

昔であれば、このような作業は日にちを決めて、一気にやってしまうところがあった
しかし、いまは違う
期限など決めることはしない
気が向いた時に、その時間を楽しみ、時にそのものが誘発する過去に遊びながらやっている
以前より長いスパンで「もの・こと」の全体を捉えることができるようになっている
その全体の中に在ることを楽しみながら「もの・こと」に当たっているようだ
この余裕のようなものは、これまでなかっただけに善きことのように見える

ところで、昨日出てきたものに2007年に買ったことになっているこれがある
翻訳の専門家のアンソロジーで、完全に忘れていた本になる


買った時には特に印象に残る話はなかったが、今回は少しだけ違っている
自らに引き付けて読んでいるところがあるからだろう





jeudi 6 octobre 2016

計画が妙に具体的に



今日は気持ちの良い快晴である
午前中、仕事のために町中に出る
陽の光は暖かいが、風が冷たい

今朝はよく集中できた
ただ、計画が以前より具体的になっているのが気に食わない
どこかで学生を卒業して、社会人になったという意識があるのではないだろうか
庵の住人という気持ちは以前のままであり、そんな意識を持つ必要などないはずなのだが、、

カフェを出る時、日本人の集団が入ってきた
話し振りから、例の日仏会議に参加している人たちではないかと想像した
今日は市庁舎正面に会議の旗が掲げられていた





学生時代について



最初の学生時代はいずれ社会に出ることが織り込み済みで、そのための時間であると思っていた
それが終わっても何とも思わなかった

今回の学生時代はそういう目的がない、全く自由な時間の塊がそこにあるという感じだった
完全に護られた時間で、どうもそれを永遠に続けたいと思っていた節がある
しかし、そうはならなかった
そう思うのは私的な願望のレベルの問題で、大学はその機能を果たさなければならないからだ

今思い返せば、二度目の学生時代は至福の時間であった
ややノスタルジックな気分である





mercredi 5 octobre 2016

パリで用事を済したはずが・・・



今日は早起きをしてまだ暗いうちにパリへ
用事を済ませるためである
もう早朝は寒くなり、コートを着ている人が少なくない

行きのキオスクで興味深い話を読む
今回はこのためにパリに行くことになったのだろう
などと、行きの車内

用事も無事に済ませ、定刻にトゥール戻った
トラム、バスとも待ち時間なし
何と順調なのだろうかと思いながら帰ってきた
そして、書類の確認をすると、こちらの勘違いで求めるものが得られていないことが判明
これはなかなかセ・ラ・ヴィとは言い難い
何かが確実に進行中だ
and/or 現世のことはどうでもよいと思っているのだろうか




mardi 4 octobre 2016

トゥールの飛行機雲、そしてこれから整理



今日の午前中、幸いにもトゥールの飛行機雲を撮ることができた
パリと変わらない空になりつつある
どうということはないが、なぜかほっとする

やはり今朝、小学生がラグビー場の周りを走っていた
もう、いつもの景色になってきた

午後から荷物を入れる入れ物が届いた
組み立てたものを持ってくるのかと思ったが、現場での組み立て
二人で1時間ほどかかったのではないだろうか
自分で組み立てればお安いのだが、作業を見ていてお願いして正解だったと思う

今度は頻繁に必要になりそうなものだけを出し、身の回りをすっきりさせたい
パリの足の踏み場もない状態だけは避けたいものである
これからその作業が始まることになるが、まだその気にはなっていない
年内を目途くらいにすると、やる気が出てくるだろうか


夕方、仕事のために旧市街に出た
すると、日本人で一杯になった3両連結の市内観光用の小さな乗り物がゆっくり通った
先日取り上げた日仏会議に参加されている人達ではないかと思われる





dimanche 2 octobre 2016

旧市街でニコラさんとばったり



今日はところどころにぷかぷかと雲が浮かんでいる
快晴と言ってもよいだろう
旧市街で仕事でも、と思いながらアパルトマンを出た

アパルトマンを探しに来ていた時には近寄ることがなかったので、今回は二度目になる
久し振りにカメラを片手に歩く
違う道を歩いているつもりだったが、なぜかもと来た道に戻ってしまった

その時である
ハローという男の声が聞こえる
しかし、自分に声を掛ける人などいないと思っているので通り過ぎようとした
そうすると、今度は男と女の声でハローという
道でも尋ねるのかと思い、振り返った

その男性は、わたしのことを覚えていませんか?と訊いてくる
月曜日に・・・と言ったところで、セミナーに来ていた方だと分かった
少しの間、記憶の糸を辿っていると、ニコラさんの名前が出てきた
ブログを書いていないければ、おそらく出て来なかっただろう

奥様と妹さんと一緒に日曜の散策とのことだった
まず、月曜の話が面白かったとのことで、少しだけ安心する
これからも話をしていくことができればと言っていただいたので期待したい
また、トゥールの町を気に入っているかなど、気を使っていただいた
やはり「客」員である




中心部に出ると、市役所前には日の丸がはためいている
先日見た日仏交流の会のためなのだろうか
トゥールでは初めて見る日の丸になる