jeudi 30 juin 2016

哲学は西洋の発明か?



100号目の Philomag では哲学に関するいろいろな問いが扱われている
その一つに、「哲学は西洋を発明か?」 というのがあった
古くから出されている問いになる
この問いにウィと言っているのは、前ブログでも取り上げたことがあるハインツ・ヴィスマンさん

ハインツ・ヴィスマンさんによる文明と文化 (2013-02-07)

否定的な答えを出しているのは、フレデリック・ネフさん
以前であればウィが圧倒的に優勢だったのではないかと思ったので、読んでみることにした

ヴィスマンさんの考え

哲学を思考・思想一般と考えれば、この問いには意味がない
古代ギリシャではそれまでの智慧とは異なる考え方に哲学という名を与えた
もしこのことについて言うのであれば、それは特別のものである
ニーチェによれば、ギリシャの哲学者は「すべては一」という形而上学の信条を作った
それは多様な現象から一つの原理を導き出すという義務を伴っている
この論理的拘束が特に東洋の伝統には欠けている

西洋の哲学的プロジェを特徴付けているものは、体系の整合性への野心である
西洋の哲学史を観ると、紆余曲折の後に辿り着いた一つの地点がヘーゲルの体系であった
肯定(テーゼ)から始まり、その否定(アンチテーゼ)を経て絶対的肯定(ジンテーゼ)に止揚する
彼の弁証法である

ターレスの「すべては水」から始まり、「一」の探究がダイナミックな思想に繋がった
これに対応するものは他の文化には見られない
現代科学もこの流れの中にある
いろいろなデータをより普遍的な法則の中に入れようとする試みであるからだ

この流れに抗して、ハイデッガーは哲学的というよりは詩的な側面に傾いていった
それが東洋思想(特に日本)に出会うだけではなく、ポストモダンとも関連することになった
存在の問題に向き合うと、哲学的構築あるいは科学から答えを得ることは難しいだろう
それは広い意味での文学、さらには精神分析の領域になるのかもしれない

カントは第三の道を開こうとした
判断能力に特異な省察の頼る方法である
彼は二つの判断を区別した
一つは、個別のケースの前に法則があり、それを適応すればよいとするもの
もう一つは、個別のケースに対して独自の法則を見つけ出すもの
この省察による方法が人文科学の基礎を提供することになった
そして、この省察に頼る姿勢が独断を排し体系を野心とする真の哲学的正当となっている



ネフさんの考え

西洋の哲学とアジアの哲学の本質的な違いは、三つある

その第一は、西洋には論理学の法則による推論があるが、アジアの智慧にはそれがない
しかし、二千年の間には西洋と東洋の論理が収斂することが、特にインドであった
紀元前三世紀のギリシャの懐疑派は、インドの仏教哲学者が生み出した論理的推論を用いていた
ギリシャのピュロンとインドのナーガールジュナ(龍樹)は四つの論理の働きを形式化した
その四つとは、肯定、否定、肯定と否定、肯定でも否定でもない、である
両者が影響し合ったのか、同時に独立して起こったのかについては結論が出ていない

第二は、東洋思想が救済を目指していたのに対し、西洋哲学は純粋な知の探究だった点である
同じような論理が生み出されていたとしても、その目的が違ったということになる
ピュロンは懐疑的な思想を生み出し、教条主義が失敗することを示そうとした
ナーガールジュナの方は、論理を錯覚を払いのけ、「中道」に至るために用いた
一方のギリシャの懐疑派は知と魂の平安の問題を扱った
他方、ナーガールジュナは空を求め、転生のサイクルから抜け出ることを試みた
ところで、両者の根本的な違いは、救済の探究なのだろうか?
ただ、西洋でもプロティノスからトマス・アクィナスパスカルを経てスピノザに至るまで救済がある

最後に、西洋哲学では多様性の背後にある一つの原理を見つけ出そうとする
これに対して東洋では、第一原理は一つではなく、多数あるとする
しかし、西洋哲学を「一」の探究に還元するのは真実を反映していない
例えば、プラトンは究極のイデアは一つではなく、多くの普遍があると言っている
驚くべきことに、これは仏教のダルマとも近い

もし西洋に特異的なことがあるとすれば、省察による方法と自らを歴史の中に置こうとする配慮だ
東洋では、止揚とか異議申し立てを求めるよりは連続性に組する
西洋では、伝統は否定的に捉えられ、東洋では肯定的に捉えられている


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両者の間には確かに差はある
しかし、以前のような白黒の違いというよりはニュアンスのある差として捉えられるようになっている
それはよいことなのだろう
この辺りの違いについても少しずつ目をやっていきたいものである
そんな気持ちにさせてくれる記事であった




mardi 28 juin 2016

「思想の七大陸」 の住人は何をやっているのか?




昨日、七つの思想のあり方について触れた
それぞれに属する人物は挙げられていたが、彼らがこれまで何をやり、今もやっているのか?
今日は、その中身を見てみたい


1) Systema (測量士と建築家)
このファミリーには一流の形而上学者がいる。測量士の野心は思想のための定点を見つけ、線を引き、知の境界を定めることである。建築家の方は文字通り体系を構築し、ある者は存在の全体をさえ包括している。
2) Sophia (知恵の探究者)
「生きること」と「善く生きること」は全く別のことである。彼らは幸福、少なくとも心の平穏の条件を探究する。真理に到達すること、世界および他者と調和すること、自己を完成するために魂の面倒を見ること。彼らは存在に向けて進む秘訣と羅針盤を持っている。
3) Molotov (秩序の破壊者)
彼らによってスキャンダルは確実にやって来る。鋭い挑発感覚とともに、過激な要素が既成の秩序を不安に陥れ、優勢なイデオロギーを覆す。しばしば孤立しているが、異なる行動様式、異なる思考様式を唱えて、時代と社会を粉砕する。まさにモロトフだ。
4) Pista (調査官)
彼らの情熱は知ること、現実を解読することである。彼らの頭を満たしているテーマや謎は、歴史を介したり、直接その領域に入るというアプローチの多様性とともに非常に多彩である。しかし、彼らをノートを手にしたリポーターとして想像しなければならない。
5) Moralia (社会道徳の批判者)
道徳を確立することが彼らの本当の仕事ではない。むしろ、ここに属する思想家は、彼らが調べている社会道徳や世間一般の価値の編年史家の役目をしている。生命の人工的な概念に狙いを定め、社会的欺瞞を追い詰める。これが彼らの信条で、辛辣あるいは目を覚まさせるスタイルに十分に注意を払って表現される。
6) Eureka (概念の創始者)
時にそれは共通の語彙にある言葉であり、時に専門用語の発見である。いずれにせよ、ここに属する哲学者の名前は、それが形而上学であれ、倫理であり、政治学であれ、彼らが作り出し、認めさせた概念と結び付いている。それは彼らのロゴであり、署名なのである。
7) Incognita (探検家)
外観や自明の事柄の背後には、隠された意味がある。このグループの探検家たちがものについて全く新たな光を当てようとして自らの発見に乗り出す理由がそこにある。これらの未踏の領域に浸りながら、彼らはわれわれとわれわれを取り巻くものを理解するための新しい道を切り開くのである。




lundi 27 juin 2016

Philosophie Magazine の十年、あるいは 「思想の七大陸」



先日のプレスでのこと
こちらに来てから折に触れて読んでいる哲学雑誌が十年を迎え、100号となったことを知る
この雑誌は写真や絵などをふんだんに入れ、しかも誰もが考えるテーマを扱っている
生活の中に入っているという印象があり、自然な感覚で手が出る

日本では哲学雑誌など読む気にもならなかった
余りにも専門的過ぎ、一般には閉じているからだろう
こちらにもその手のものはあるが、そちらにはなかなか手が伸びない

今回の100号特集では、「哲学とは何か?」という問いに答えようとしている
勿論、これだ!という答えはなく、百人百様である
それでよいのだが、この問いに自分の答えを出そうとすることは大切になるのだろう

閉じ込みには野心的な纏めとして「思想の七大陸」の地図が提示されている
これまでの哲学者がどのようなことを考えてきたのかを類型化したものである
それによれば、こうなっている

1) Systema (測量士と建築家)
後見人: パルメニデス(ca 515 BC-ca 440 BC)、プラトン(ca 427 BC-ca 347 BC)
2016年の後継者: ジョン・サール(1932-)、アラン・バディウ(1937-)

2) Sophia (知恵の探究者)
後見人: ソクラテス(470 BC-399 BC)
2016年の後継者: マルセル・コンシュ(1922-)、二コラ・グリマルディ(1933-)、クレマン・ロセ(1939-)、
アンドレ・コント・スポンヴィル(1952-)

3) Molotov (秩序の破壊者)
後見人: ディオゲネス(ca 410 BC-323 BC)、荘子(?)
2016年の後継者: トーニ・ネグリ(1933-)、ペーター・スローターダイク(1947-)

4) Pista (調査官)
後見人: アリストテレス(384 BC-322 BC)
2016年の後継者: ミシェル・セール(1930-)、マルセル・ゴーシェ(1946-)、ブルーノ・ラトゥール(1947-)

5) Moralia (社会道徳の批判者)
後見人: ホラティウス(65 BC-8 BC)
2016年の後継者: アラン・フィンキールクロート(1949-)、フレデリック・シフテール(1956-)

6) Eureka (概念の創始者)
後見人: デモクリトス(ca 460 BC - ca 370 BC)
2016年の後継者: ジグムント・バウマン(1925-)、ユルゲン・ハーバーマス(1929-)、キャロル・ギリガン(1936-)

7) Incognita (探検家)
後見人: アウグスティヌス(354 - 430)
2016年の後継者: フィリップ・デスコーラ(1949-)、フランソワ・ジュリアン(1951-)






dimanche 26 juin 2016

翻訳は続く



パリに戻ってからも日本にいた時と同じように、今年前半のプロジェとした翻訳に当たっている
少しずつ慣れてきたこともあるのだろう
しかし、自分の中にある何かに仕事をしてもらうようになってから一段と楽になっている
翻訳自体が楽になったのではなく、それをすることに疲れなくなったという意味でである
まだ残っているが、何とか締め切りまでには終わらせたいものである







samedi 25 juin 2016

時間の等価値性について



今回の日本でも確認したことがある
それはすべての時間は等価値であるということ
すべての時間が重要であると置き換えてもよい

これは仕事を辞めてから浮かんできた感覚的な認識である
仕事をしている時には仕事が重要で、それ以外は仕事のためにある副次的な時間であった
そう認識していた
仕事というものは人間をそういう認識に追いやるものである
それが本当に良いことなのかどうか
じっくり考えるべきことだろう

仕事を辞めてからは生きることが仕事になった
そう意識するかしないかは別にして
そうなると無駄な時間が無くなる
一見無駄に見える時間もその捉え方によって実に実り多いものを齎してくれる

DNAには蛋白を作る「重要な」遺伝子がある
それはほんの一部で、大部分は一見「無駄」に見える膨大なDNAからヒトのゲノムはできている
大野乾博士はその無駄を「ジャンク」とまで言った
そして、実際そう思われてきた
しかし、どうもそうではないことが明らかになりつつある
一見無駄に見えたところが実は重要な役割を担っていたのである

時間についても同じことが言えそうである
重要なものが視界から消えた後、実は無駄な時間などないことが見えてきた
蛋白をコードするDNAから目が離れてから「無駄なDNA」が無駄ではないことが分かったように
この認識は想像を遥かに超える意味がある
何せ、すべての時間を本当に生きることができるのである
その時間を生きるようになってからの幸福度は測り切れない


前ブログに関連する記事を書いている

時間を追いかけてきたジュリアン・バーバーという科学者(2012-03-19)
永遠を視野にエネルゲイアを取り戻す (I) (2010-01-01)
永遠を視野にエネルゲイアを取り戻す (II) (2010-01-02)





jeudi 23 juin 2016

二元的な自己



久し振りに朝の空を味わう
まさに千変万化であった
雲の動きには心を躍らせる何かがある
この雲はあの画家が見ていたものではないかというものに何度も出会ったことがある
それは嬉しい発見である

昨日、意外にも仕事が捗った
何故か分からなかったが、朝の空を見ながら次のような説明が浮かんできた
それはそれ以前の発見とどこかで繋がるもののような気がしてきた

どこかに移動する
以前であれば、自分が能動的に歩いてそこに向かうという意識があった
疲れるのである
ところがこちらに来てから、自分が歩いているのではなく周りが動いているという感覚になった
つまり、そこでは受動的な意志しか働くなくなっていることに気付いたのである

人に連日のように会う
以前であれば、自分が能動的にそこに向かって行くという意識であった
努めて行事を乗り越えるという感覚があった
しかし、こちらも自分とは別の何かが受動的にそこに向かっているという感覚になっている
実に自然に「こと」が過ぎて行くのである

仕事をする
以前であれば、自らが肩に力を入れて「こと」に当たるという感覚であった
そうすると、なかなかうまく進まない
自分が先に出ているからではなかったのか
ところが、昨日は何かが違っていた
それは、自分の意志で何かをやるという感覚ではなかった
「自分」とは別の「意志はないが自然に力を発揮するエネルギーのような何か」をうまく使っていた
そういう感覚の中にいた
それが自然に「こと」を進めてくれたと感じていた
仕事をしているのは自分ではない
その何かにやってもらえばよいという感覚である
したがって、全く疲れないのである

これらをどう解釈するのか?
これまで「自分で」と考えていたものが実は一つの自分ではなかったのではないか
もう一つ、この生が本来的に持っている意志を欠く、能力だけを具えている迸りのようなもの
しばしば自分の意志により隠されているもの
それが表に出るように仕向けること
フランス語で l'élan とでも言うべきものにすべてをやってもらうこと
そのためには、自分の意志のような邪魔者を排除することが必要になる
これこそがすべての現象を説明するメカニズムではなかったのか

つまり、どういうことなのか?
普通、意志が宿るところを自己だと思う
それはよいのだろう
しかし、それだけではない
もう一つ、意志がないだけに掴みようがない、エネルギーと能力だけを持った何かがある
それも自分の中にあるので自己と呼んでもよいだろうし、もう一つの何かとしてもよいだろう
そして、その何かに働いてもらうためには、最初の自己による調節機能が極めて重要になる
いまのところはこう理解しておこう



 


これはわたしにとっての大発見のように見えてきた
今朝の空が齎してくれた贈り物だったのか





mercredi 22 juin 2016

夏来る



朝の内は久しぶりの青空が広がっていた
しかし、午後から曇り始め、夕方には雨が少し降っていた
この変わり易さはパリのもの

今日は朝から籠って仕事
主観的には今一つだったが、終わってみればこれまでにないほど捗っていた
どうしたことだろうか

夕方からカルチエラタンに出る
これまでにないほど蒸し暑い
カフェではポルトガル対ハンガリーのサッカーが流れていて五月蠅い
そう言えば、昨日のメトロでも大騒ぎをしていた

もう夏である








mardi 21 juin 2016

出来事が周りを過ぎて行く



今日は朝から事務処理を済ませるために外に出る
その合間に仕事をする
久し振りのカフェはやはり気持ちを羽ばたかせる
なぜそうなるのか
一つの説明は以前に思い付いたのだが、それだけだろうか
まだそのメカニズムを理解したとは言い難い

日本最後の10日間ほどを振り返ってみた
毎日人に会っていたあの時期である
と言っても先週までのことである

これまでであれば、その予定を見ただけで向かって行かなければならないという気分になっていた
気分を盛り上げなければならなかった
エネルギーをこれから消費しなければならないとどこかで思っていたのである

それが今では気持ちが全く違っている
それは積極的にこちらが動くというよりは受け身のままでいるという状態である
つまり、自分は何もしなくても出来事の方で勝手に動いて行ってくれるという感覚に近いのである
これはどこかに移動する時に感じるようになった感覚と同じである
今回もこの感覚の中にいて、以前であればハードだと思った日程も風のように過ぎて行った
ただ、これは精神の中でのことで、肉体がどう感じているのは知りようもないのだが、、、





lundi 20 juin 2016

涼しいパリに戻る



昨日の夜、パリに戻った
随分と揺れるフライトだった
途中、キャーという声も上がっていた
暫くして、その揺れを舗装されていない山道を行くバスの揺れと比較してみた
そうすると、そんなに驚くほどのものではないことに気付き、少し落ち着く
後半は静かな飛行だった

久し振りのパリは東京、大阪に比べると随分と涼しい
そしてなぜか集中できる
日本語の雑音が消え、自らの中に容易に入ることができるからだろう

暇な時間に耐えられるようになったこと、より正確にはそこに喜びを見出せるようになったこと
これはフランス滞在の大きな遺産と言えそうだ
日本でそれを掴むのは難しいようにも感じた
ただ、一旦そのやり方が身に付いてしまえば、場所は問わなくなるのではないだろうか


午後から雨になった
バルコンに出て、久し振りの雨音を味わう
気持ちが鎮まり返る





samedi 18 juin 2016

明日、パリへ



今回は久しぶりに長い滞在だったが、本日が最終日
明日、パリに向かうことになる
少し離れている間に、パリでもいろいろなことが起こっているようだが、、

これまでの日本滞在は数週間だったので、ほとんど人に会う時間になっていた
しかし今回は、仕事の中に沈んでいた長い時間と人に会う短い時間が交錯していた
浮き上がった状態での多様な人との語り合いは、多くのものを残したはずである
これからその影響を振り返ることになるだろう

今回、こちらでやるべき翻訳の予定はほぼこなしたと思っていた
しかし、見直しを始めると、それは不完全そのもの
以前のものはそれをやっていないので、間違いや読み難さなどに溢れていることだろう
これからさらに見直し作業を続ける必要がある
夏に向けての時間は、この仕事を中心に回ることになりそうである

翻訳という作業には想像以上のエネルギーが求められることを思い知らされている
何事も勉強、ということか




vendredi 17 juin 2016

三ノ宮で今回最後の歓談



本日も大阪と三ノ宮で仕事をする
連夜の歓談で疲れが溜まってきたのか、途中眠くなる
一度やっただけで見直しがない場合、間違い、見逃し、勘違いなどが溢れていることが分かる
これまでは後から見直すつもりでいたが、最初にやっておいても時間的には変わらないのでは
むしろ、初めに気を入れて誤りを正しておいた方が自分の癖も分かり、その後の参考にもなる
かえって時間の節約にもなるような気がしてきた

夜は長いお付き合いの方との歓談となった
大阪大学の後、現在は神戸学院大学で研究科長をされているとのこと
いろいろな問題があるのだろう
お忙しい合間を縫って時間を割いていただいた

近況交換をしたあと、時の流れに任せた雑談となった
それが心地よい年になってきたということか
なにせ「あらセヴ」である
来年には仕事が終わるようなので、ゆっくりされるよう願いたい

明日、東京に戻る




jeudi 16 juin 2016

神戸で昔の研究者仲間と語り合う

  的崎尚、久野高義の両先生


今日は雨の中、大阪と三ノ宮で仕事をする
夜は彼の地で昔同じ研究領域だった神戸大学のお二方と歓談した
久野氏はもう少しで完全引退とのことだが、的崎氏は研究科長でお忙しそうであった

久野氏ご自身の音楽活動の映像やこれからの予定などに触れ、驚く
本質は音楽家ではないだろうか
時間がたっぷりあるようで、いろいろなことを考えておられる
そのためか、兎に角次々と話題が出て、結局閉店の10時まで盛り上がっていた

現世の話が多いので、わたしは殆ど聞き役ではなかっただろうか

例えば、日本、中国、ヨーロッパ経済の話から科学研究が金に支配されている現状
日本が関わったアジアにおける歴史と日本人によるその認識
大学ランキングに踊らされる大学
東南アジア諸国の大学との交流とそこから見える日本人の特徴
本当の議論が行われない環境
その間に、いろいろな研究者の話も出ていた

この他にもあったが、いまは思い出さない
何かの機会に浮かんでくるだろう

具体的に生きている世界の話に触れると、わたしの生活がかなりいびつなものに見えてくる
その視点から見ると、長い間よく耐えたものだといういつもの感慨が浮かんでくる

お忙しいところお時間を割いていただき、お二方には改めて感謝したい





mercredi 15 juin 2016

「あらセヴ」、あるいは枠組みの擦り合わせ



本日は暑い中、外で仕事をする
二軒目のカフェに落ち着いてメモを取ろうとした時、手帳がないことに気付く
一瞬昨年のブリュッセルが蘇ったが、一軒目に忘れてきたと確信
すぐに戻ったところ、丁寧に保管されていてホッとする
徐々に何かが進行中だ

夜、若い友人とのディネとなった
普段型に嵌った頭の中で暮らしているためか、新鮮な世界が広がった
ただ、そのためお互いが理解するまでにかなりの言葉が必要なこともあった
それぞれの枠組みに想像できない違いがあったからでもある
必要な時には徹底するのが良いのだろう

何かに対する時、ものを観る時には先入見なしにやるようにしているとのお話も出ていた
それは重要なことなので、わたしも見習いたいものである
また、「えにし」を大切にしているという
これは偶然のように見えても必然ではないかと見ようとするわたしの考えとも近い
フランス語で言えば、Tout est lié !
すべては繋がっていると見ているからだ

途中、「あらセヴ」という音が聞えたような気がした
そんな言葉があるのかどうか知らないが、致し方ない
ただ、その響きは悪くなかった





mardi 14 juin 2016

記憶の彼方からカオティックな若き日が



今日は打って変わって晴れ渡り、暑い日であった
午後、大阪に入る

夜はオーケストラの先輩お二方とそれぞれの現況をネタに話し込んだ
お一人は同窓会的な集まりに積極的に参加され、講師などをされながら社会と関わっておられる
持参された資料と写真がそのことを物語っていた
もうお一方は上下関係が出やすく、年齢がものを言う集まりには違和感を持っているご様子
そのような会に若い人が参加しないのは当然に見えるが、上の人はそのことに文句を言う
心に負担がかかることは避けたいとお考えのようであった
わたしもどちらかというと後者のタイプになるのではないだろうか

昔の団員の話が一つ出ると、そこから次々に記憶が引き出されるという連続であった
これはデフォルト・モード・ネットワークを活性化しているのではと思いながら話に参加していた
命を絶った人も含めて、20代には実にいろいろな人にいろいろなことが起こっていた
人生が落ち着くまでには不安定でカオティックと言ってもよい状態にあったことが見えてくる
もし彼らが生きていたとしたならば、何をやっていたのだろうか

今回、当時の写真を一枚持参した
実はその写真がどういう機会に撮られたのか、はっきりとは覚えていなかったものだ
そこに写っている方がその日を跨ぐ数日の様子を覚えておられ、当時が蘇った
好奇心旺盛で、この世が輝いて見えた時代のことである
そのことから推測できる通り、そこに写っているわたしは全くの別人であった

お二方とも体に悩みを抱えているとのことで、そのあたりの話題も一通り出ていた
身体に起こることはもう避けられない話題になるのだろうか
ただ、その悩みは人生の一部として受け入れなければならないのかもしれない


話をする人が変わると違った過去が浮かび上がってくる
いろいろな人と会うことがこの生を豊かにすることに繋がることが分かる
日本での時間も少なくなって来た
できるだけ有効に使いたいものである






lundi 13 juin 2016

雨の中、人生の先輩と語る



雨と風が強かった本日、新しい方とお話をする機会に恵まれた
大学附置の工学系の研究所を退職された後、東京を離れて農業をされている方である
研究職を離れた後、所謂仕事をせずにこれまで来たわたしは、その道の後輩ということになる
そのような外的共通点の他に哲学的な思索への興味においても共通するところがあると想像した

工学系の仕事は産業との連携なしには成り立たないようで、明確な目標が設定される
今や多くの領域でそのような傾向が増しているのではないだろうか
実際にそのようなお話を伺うと、わたしのような人間には勤まりそうもない
目的にはどこか嫌悪の気持ちがあるからだろうか

ところで、退職後の道を選ぶ時、人生で初めて自分で決断したという意識があった
それまでも自分で決断したとは思っていたが、振り返ると大きな流れの中でのことだったからである
そのことをお話しすると、やはり同じような感覚が退職時にあったとのこと
そういう道にいられるということは、やはり幸かなと言わなければならないのだろう
ただ、さらに長い時間軸で考えると、今回のことも大きな流れの中でのことと思う日が来そうである

夕方には雨はあがった





dimanche 12 juin 2016

「意識の第三層」の重要性について語る

   武田克彦先生


今夜は以前の研究所でご一緒した武田先生のお宅にお呼ばれした
わたしが東京を離れて9年になるが、帰国の折にやっているSHEやPAWLに参加されている
そのため on & off でのお付き合いが続いている
2012年には先生が主宰された日本神経心理学会で教育講演を依頼された
その会で聞いたお話の中にその後の思索に大きな影響を与えることが含まれていた
改めて感謝したい

今日は奥様の「哲学的で簡素な」料理をいただきながら、いろいろな話に花が咲いた
特に重点が置かれていたのは、先日触れた「意識の第三層」の重要性についてであった
それは日常生活と職業生活がない状況で働く意識で、人間の精神性と深く結びつく領域である
この領域の貧困が現代を特徴付けているのではないかという点では考えが一致した
そこからその層に関心のある人との接触を増やしていく必要があるのでは、という点でも一致した
それから決まりきった考えに揺さぶりをかける必要性についても話が出ていた

「意識の第三層」についての考察は、7月上旬の「医学のあゆみ」誌に出る予定である
ご批判をいただければ幸いである








samedi 11 juin 2016

人生の第四コーナーを意識する

  丹野正隆、大野秀樹の両先生


本日は30年来の友人との意見交換となった
お二人ともまだ仕事をされており、感心する

大野先生は図書新聞に毎月書評を書かれているとのこと
本を読むのは大変な様子だったが、終わった時には達成感があるようだ

厭世人から見ると、現世の中にどっぷり浸っておられるという印象
それはそれで面白い世界のようである
ただ、前回との違いとして感じたことがあった
それは時間が限られてきたと感じるようになると、新たに考えることが出てくるのでは、ということ
また、人生のエッセンスは意外と単純なところにあるのではないか、という考えも浮かぶ

いろいろなことを考えさせられる一夜となった
別の予定があった中、お集まりいただき、改めて感謝したい





vendredi 10 juin 2016

若き日のエピソードに驚く



昨夜は学生時代の友人お二人とのディネがあった
お二人ともまだ仕事から足を洗っていないようである
普通は褒められるべきことなのかもしれない
しかし、「仕事は人間を駄目にする」と敢えてコメントさせていただいた
その意味はご理解いただけたと思うが、なかなかそうは問屋が卸さないようだ

自分のことは見えないものである
昨日も若い時のエピソードを紹介され、それは本当に自分なのかと疑った
話をさせてもどこか変わっていたらしい
二十代半ば、友人が亡くなり弔辞を頼まれた
突然のことだったので最後まで考えが纏まらず、ぶっつけ本番になってしまった
文章にすることがなかったので中身は忘れていた
しかし、友人の一人はその内容を覚えていてくれたのだ
わたしの中ではいつも自然なのだが、問題となりそうな言葉が含まれていたという
逆に、それだから記憶に残ったのかもしれない

最近、意識の第三層についてエッセイを書いた
日常生活や職業生活を離れた時に見えてくる精神世界のことである
わたしの第三層は貧弱だったことに気付き、フランスでの生活になった
そのような言葉では理解していなかったのだが、、
しかし、その友人に言わせれば、わたしの中に昔からその層を感じていたという
誰でも若い時にはそのような世界があるのではないかと思う
それが職業生活の中に追いやられると、この層はどんどん薄くなっていく
それを回復するのが、これからのような気がしている

最後にわたしの話を聞いたお一方は、目指すところはディオゲネスだろうと診断した
当たらずとも遠からずというところだろうか
だんだんそんな気がしてきた

いずれにせよ、面白いエピソード満載の一夜であった
両君にはお時間を割いていただき、感謝したい





samedi 4 juin 2016

偶には昔の世界を



25年ぶりにこの店を訪れた
5年ほどお世話になった研究室のメンバーと顔を合わせる前の時間を使って

四半世紀も経つと、町もいろいろと変わっていた
まず驚いたのが駅と駅前の景色
その昔はいかにも田舎の駅という印象だったが、モダンな建物と広場に一変していた 
このような時、変わらないものなど何もないということをいつも感じる
それは、すべては忘れられて行く、という感慨にも繋がる
実はもう一軒顔を出したいと思っていた店があったが、その姿はなかった




このお店、テレビの「孤独のグルメ」で取り上げられていた
昔はよくお世話になっていたのではないかと思う
客層が変わって来たのかもしれないという印象を持った 
昔と同じ心持ちにはどうしてもなれないものだ
そこに一抹の寂しさを感じる




店のご主人とおかみさんに挨拶する
わたしの顔には見覚えがあったようだ
名前を名乗ると、「ああ、・・ちゃん」との返答
昔はそう呼ばれていたのだろう


研究室を主宰されていた片桐教授も80歳になられるが、お元気であった
院生や研究生だった皆さんもすでに還暦とのことで驚く
驚くのは自分の年を忘れているからだろう
いろいろな世界に手を伸ばして人生を楽しんでいる様子も垣間見ることができた
お忙しい中、時間を割いていただいた皆さんに改めて感謝したい

偶には昔の世界を訪ねてみるものである
今回もいろいろな発見があった






jeudi 2 juin 2016

Université Sorbonne Paris Cité 学位授与式のビデオ届く





ソルボンヌ大学パリ・シテ(USPC)の学位授与式のビデオが届いた
参加できなかった人にもその時空間を味わってほしいとのこと
この組織は2014年にパリの大学、研究所などを纏めて一つのコミュニティにしたものである
それまでにいくつかの統合の動きがあり、現在は以下の組織が加わっている

École des hautes études en santé publique (EHESP)
Institut d'études politiques de Paris (Sciences Po)
Institut national des langues et civilisations orientales (Langues O)
Institut de physique du globe de Paris
Université Paris-III « Sorbonne Nouvelle »
Université Paris-V « Paris-Descartes »
Université Paris-VII « Paris-Diderot »
Université Paris-XIII « Paris-Nord »
Centre national de la recherche scientifique (CNRS)
Institut national d'études démographiques (INED)
Institut national de recherche en informatique et en automatique (INRIA)
Institut national de la santé et de la recherche médicale (INSERM)
Institut de recherche pour le développement (IRD)

式ではテーズに向き合った人たちがそれぞれの経験を語る時間をたっぷり取ってある
外国からの人も少なくなく、いろいろなフランス語が聞ける
何より皆さん真面目に研究していた様子が伝わり、自らを振り返る
形式に終始するのではなく、人間が出ている開かれた式という印象を持った