2017年9月22日金曜日

試みる価値



本日はいつになく集中できたようだ
瞑想生活から省察生活への大変換のせいだろうか
先日、こちらの生活ではすべての時間がマインドフルネスにあるのではないかとの感想をいただいた
そういう見方はしていなかったが、瞑想というものを考えれば理論的にはそうなるのだろう
まあ、それに近い状態かも知れない

ところで、来月の日本でもう一つ予定が加わる可能性が出てきた
以前であれば大変なはずなのだが、どうもその感覚がないようだ
確かめようはないのだが、以前から気付いているこれまでの瞑想生活の効果ではないのだろうか
自分でそう想像しているだけではあるのだが、、

今回もどのような結果を生み出すかのは終わってみなければ分からない
そうだからこそ、試す価値があるのだろう
それは一日を歩み始める前にしても同じことである




2017年9月21日木曜日

ウンベルト・エーコ著 『ファシズムを見分ける』 を読む



先日のパリのリブレリーで、昨年亡くなったウンベルト・エーコさんの小冊子が目に入った
1995年4月25日にニューヨークのコロンビア大学で行われた講演をまとめたものだ
タイトルは、『ファシズムを見分ける』 となっている
2000年に出たエッセイ集 『道徳の五つの問題』 には、「永遠のファシズム」として入っているという
日本では1998年に 『永遠のファシズム』 として訳されているようなので、相当遅い気付きであった

前半では、特に第二次大戦前後の自らの体験を中心に語っている
そこから Ur-fascismeという概念を生み出している
ウルファシズム(原ファシズム)とは、原始的で永遠にそこにあるファシズムを指している
そして、その特徴を14挙げている (仏訳の原文はこちらから)
以下に簡単にメモしておきたい

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1) 第一の特徴は、伝統の崇拝(culte)である
伝統主義はファシズムよりも古い
ヘレニズム時代の終わり頃、古代ギリシャの理性主義への反動として生まれた

2) 伝統主義は近代主義を拒否する
ナチスのようなファシストは、テクノロジーを愛する
その一方、一般的に伝統主義者は技術を拒否し、技術を精神的な価値の否定と捉える
ナチスは工業的成功を誇るが、その近代性への讃辞は「血と地」に基づく表層的なイデオロギーだ
近代世界の拒否は資本主義的生活様式の非難によってカモフラージュされている
啓蒙時代、理性の時代の精神を否定していることを覆い隠している
その意味では、原ファシズムは非合理主義、非理性主義と定義できる

3) 非理性主義は、「行動のための行動」の崇拝に依存している
行動自体をよいものだとし、考える前に行動しなければならないとする
思考することは去勢のようなもので、文化は疑わしいものである
ゲッペルスは、「文化という言葉を聞いた時には、わたしは拳銃を抜く」と言っていた
知的世界に向けられる疑念は原ファシズムの症状である
ファシストの知識階級の主な仕事は、伝統的価値を捨てたインテリと近代文化を糾弾することである

4) いかなる形態のシンクレティズムも批判を受け付けない
批判精神は違いを確立し、識別するということは近代性の一つの特徴である
科学界は、知識を進歩されるための道具として不一致を捉えた
原ファシズムにとっての不一致は、裏切りである

5) 不一致は多様性の徴でもある
原ファシズムはコンセンサスを信じ、違いに対する誰にでもある恐れを利用してコンセンサスを求める
ファシズムの運動が最初に訴えるのは、よそ者である
したがって、原ファシズムは人種差別主義である

6) 原ファシズムは、個人的、社会的フラストレーションから生まれる
歴史的ファシズムの一つの特徴は、欲求不満を抱えた中流層に訴えることである
経済危機や政治的屈従により不利な状態に置かれ、社会の下層の圧力におびえているからである

7) 社会的アイデンティティのない者に関して、原ファシズムは彼らが特権を得ていると言い募る
ナショナリズムの源がここにある
さらに、国家にアイデンティティを提供できる者だけが敵になる
それが、原ファシズムの心理の根に陰謀の強迫観念が見られる理由である
陰謀が顔を出すようにする最も単純な方法は、外国人嫌悪に訴えることである
陰謀は内部からも来る
ユダヤ人は国内外で恵まれているので、格好の標的になる

8)ファシズムの信奉者は、敵のこれ見よがしの富や力に侮辱されたと感じる
しかし、彼らは体質的に敵の力を客観的に評価できないので、戦いには敗れざるを得ない

9) 原ファシズムにとって、生活のための闘いはなく、あるのは闘いのための生である
そのため、平和主義は敵との共謀になる
生は絶え間ない闘いなので、平和主義は悪である
敵は打ち砕かなけれならず、それは可能なので、最終戦がなければならない
そのため、この主義はハルマゲドン・コンプレックスを含んでいる 
その後に運動は世界の征服することになる
そこでは平和な時代が来るはずで、彼らの永続的な戦いと矛盾するが、その回答は出されていない

10) エリート主義は、基本的に貴族的なものとして、反動イデオロギーの典型的な側面である
歴史的に見ると、すべてのエリート主義には弱者に対する軽蔑がある
原ファシズムは、エリート主義を唱道することを避けることができない
リーダーは彼の権力が委任ではなく力で勝ち取ったことを知っている
その力が大衆の弱さに依存していることもである
そして、大衆があまりにも弱いので、支配者を必要とし、支配者の恩恵を受けているのである
社会にヒエラルキーができると、支配されているリーダーがその下の人間を軽蔑するようになる
その下の人間はさらに下の人間を軽蔑するという連鎖が生まれ、エリートの感情を強固なものにする

11) この見方に立てば、それぞれは英雄になるために教育されることになる
神話では英雄が例外的だったのが、原ファシズムではそれが規範になる
英雄崇拝は「死の崇拝」と密接に関係している
普通の人には、死は不快なものだが威厳を持って立ち向かわなければならないと言われる
ファシズム信奉者には、それが超自然的な幸福に至る苦しみを伴うやり方なのだと言うのである
原ファシズムの英雄は、英雄の人生における最高のご褒美であると言われている死を熱望する
死を熱望し、急ぐあまり、多くの場合、他人を死なせることになる

12) 原ファシストは、力の意志を性的問題に転換する
そこから、女性や同性愛者に対する軽蔑を含むマッチョが生まれる
性を扱うのは難しいので、原ファシストの英雄は性に代わる武器を弄ぶのである

13) 原ファシズムは、「質的ポピュリズム」に基づいている
民主主義においては、市民は個人の権利を享受している
市民の集合は量的な点においてのみ政治的重みを持つ
原ファシズムにとっての個人には権利はなく、「人民」は共有する意思を持った一つの性質である
人間の数には共通意志はないので、リーダーはそれを解釈することを望む
市民は委任の力を失い、行動せず、単に「全体のための部分」(pars pro toto)と呼ばれるに過ぎない
われわれの未来には、「テレビあるいはインターネットの量的ポピュリズム」が浮かび上がる
そこでは、市民から選ばれたグループの情緒的な反応が「人民の声」として扱われるようになる
量的ポピュリズムのせいで、原ファシズムは「腐敗した」議会政治に反対するのである
政治家が議会の正当性に疑いを発するたびに、原ファシズムの香りが漂う

14) 原ファシズムは、オーウェルが『1984年』で発明した「ニュースピーク」を話す
ナチスやファシストの教科書はすべて、貧弱な語彙と初歩の構文を用いていた
複雑で批判的な論証をするための手段を制限するためである
われわれは新手のニュースピークを見分ける準備をしなければならない
それが大衆向けのトークショーの一見無害を装っているような場合にでもである

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エーコ氏による原ファシズムは、近現代社会に常に潜んでいるもののようである
それが顕現化しているように見えるのが、最近の流れではないだろうか
この分析を読んだ後には、同じ景色が違って見えてくる
あるいは、より明確になると言った方がよいかもしれない
常に目を凝らしていなければならないということだろう








2017年9月19日火曜日

クリルスキー教授とのランデブー



今日はパリに出た
元パスツール研究所所長でコレージュ・ド・フランス名誉教授のクリルスキーさんとお会いするためだ
今、翻訳している本の著者でもある

今朝はトゥールの街行く人の殆どがコートやダウンのようなものを羽織っていた
わたしは夏の間も背広で通しマイノリティであったが、今日も背広でマイノリティであった
トゥールの駅で時間があったので駅の中のカフェに入る
すぐ横の席には二人の老紳士がランデブーである
お二方とも歩行がままならなくなっている
人生を感じる景色であった

時間通り、モンパルナスに着いた
人ごみの中を歩いている時、左肘に硬いものが当たった
振り返ると、迷彩服の男が抱えている銃であった
サンジェルマン・デ・プレまで出て、馴染みのカフェに入る
すっかりおしゃれになっている
マネジメントが変わったのかと訊いてみると、マネジャーを指して、以前と何も変わらないという
内装をすべて変えたのですねと言うと、マネジャーがサムスンのようにねと返してきた
目に見える日本製品がどんどん減っているようである


クリルスキーさんとの待ち合わせはコレージュ・ド・フランスであった
まず最上階の素晴らしい見晴らしの部屋に案内される
パリの町を殆ど360度の視界で見ることができる
気分が高まったところでカルチエ・ラタンのカフェへ
ワインとビールで貴重な情報と興味深いお話を伺うことができた

最初に、翻訳の労をねぎらっていただいた
今回、翻訳というものがなかなか大変な作業であることが分かった
始めたのが2015年の初めからなのでもう2年が過ぎようとしているが、まだ校正中である
これだけの間一冊の本に付き合っていると、いろいろなことに気付いてくる
まず、ざっと読んだ時には理解していなかったことが如何に多いかが分かる
それから、著者の頭の使い方が手に取るように分かるようになる
特に、論理の流れをどのように作っているのかなどは実に興味深い

これは以前にも触れているが、翻訳はほぼ不可能であるということも見えてくる
結局のところ、翻訳は訳される側の言語の問題に帰着する ことも分かる
アイディアは著者のものだが、出来上がったものは訳者の作品とも言えるだろう
原著とは全く別物になるという印象があるからである
それほど訳者の役割は重いということになる
哲学的な要素が加味された場合は尚更である

クリルスキーさんは定年後の活動としてRESOLISというのをやっていると聞かされた
紹介されたHPを見ると、本格的である
ソルボンヌ大学向かいのアパルトマンの一室にオフィスを構えているようだ
社会とのコネクションを視野に入れているとのこと
ポイントを Philosophie de l'action という言葉で表現していた

それから日本との接点が意外に多いのに驚いた
日本パスツール財団の前身である日本パスツール協会の創設に関わったことは知っていた
その他、コレージュ・ド・フランスと日本の大学の連携や大学のアドバイザリーボードもやられていた
日本の首相や都知事などとも会ったことがあるようだ
話の中に、Jean-François Sabouret という日本に詳しい学者の名前も出ていた

また、わたしの仕事を説明すると、興味を示していただいた
有難いことに、これからも議論をしていくことになった
フランスの科学と哲学を結ぶような研究機関のことも紹介していただいた
医学と哲学、科学と哲学などはまさにフランスの伝統と言ってもよいだろう
それがないところでは何かが欠けているという認識が生まれることになる
哲学的視点は極めて重要であるという点で意見の一致を見た

その話の後で、わたしが提唱している「意識の三層構造」についても話してみた
この見方は非常に説得力があるようだ
それ以降の会話がわたしの用語を使って進んだのには驚いた
日本の政治家がどの層を使っていると見たのか、興味が尽きないところではある
今回の翻訳した本などは第三層の動員が必要になるので、どれだけの方に受け入れられるのか
こちらも興味深いものがある

面白かったのは、イタリアの友人から聞いた話として紹介されたものだ
Philosophe municipal がいる自治体があるという
市や町の役所で公務員として働く哲学者のことだろうか
この話が本当であれば、町のお抱え哲学者は一体何をしているのだろうか
予約制で住民と世界の捉え方や哲学的問題について議論したりするのだろうか
こういう仕事であれば、やってみたいものである
ただ、住民にそれだけの余裕があるのかどうかが問題になるだろう
日本であれば、すぐに予算の無駄使いと批判を浴びそうではある
このような話が出てくるのがヨーロッパなのだろうか
そして、それを面白がるという感覚が何とも言えず良い


今回は省察すべき問題をいろいろ提起していただいた
お陰様でこころが満ちた状態で帰路につくことができた
これはランデブー前と後で何かが大きく変わったということを意味している
実は、程度の差こそあれ、よく観察しているとどんな前後にも違いはある
一日の始まりと終わりも例外ではない
その違いを味わうことこそ生きていることを確認することになるだろう

まさに、J’observe donc je suis である






2017年9月18日月曜日

常に準備状態




今朝もガスがかかっていた
この時期の特徴なのかもしれない
これまでと違った景色を見るのは、楽しいものである
お昼までには完全に晴れ上がってくれた

午後、外に出て、プロジェに当たる
省察生活に入ったせいか、これまでとは違い、その中に入りやすくなっているようだ
いつでも準備状態にあるという感じだろうか
まだ日は浅いが、これが継続されれば相当に大きな変化を起こしそうな予感がする





2017年9月17日日曜日

ジョージ・オーウェルの101号室のドキュメンタリーを観る



今朝は雨が降っていたが、午後から雨はあがった
向かいのグラウンドでは秋のラグビー大会が開かれている
スピーカーからのアナウンスが大きい

オーウェルの101号室についてのBBCドキュメンタリーを観る
オーウェルの世界がどんどん顔を出しつつある今、興味深い内容になっている
大きな疑問は、どうしてこのような流れが進行するのかということである

善いことをするには、時間を取って考えなければならない
抑制的なことをするのも同様である
時代の進行に伴い専門化が進み、その中に入り込まなければ生きていけない状況になってきた
どんどん競争的にもなって来る

その過程で、暇な時間や生きるために必要な仕事以外に向ける注意が急激に少なくなっている
権力を持つ者もそうでない者と同じになっているのではないか
そうすると、権力を自分のために使いたいという欲求に逆らうことができなくなるのである
それを間接的に許しているのが、仕事に忙しい多くの人たちということになるのだろう
21世紀の終わりにはどんな社会が現れているのであろうか









2017年9月16日土曜日

軽い興奮状態を味わう



今日は朝から快晴
プロジェに朝から当たる
途中、植物園に行ってみた
ベンチに座ってみる
そこは、集中でき、考えを羽ばたかすことができ、その気になれば書くこともできる場であった
発見である

戻ってさらに問題解決に当たる
午後には何とか終わらすことができた
その時の感覚は名状しがたいものがある
言ってみればテーズが終わった直後の感覚に近い
質的には似ているが、そのスケールはやはり比べものにならないのだが、、

軽い興奮状態を鎮めるために田舎道の散策に出た




2017年9月15日金曜日

瞑想生活から省察生活へ



今朝、シャッターを開けると、この景色
以前に見て驚いたが、今日も驚く
今日見られるとは思っていなかったからだ
徐々に霞が取れ、午前中には完全に晴れ上がってくれた
しかし、お昼過ぎ、明るい中、通り雨が降った

「今週のプロジェ」を抱えている
上の景色を見て2年前のブリュッセルを思い出し、嫌な予感がした
幸いなことに、朝のうちはぼんやりしていたものが、時とともにはっきりしてきた
ではあるが、終わりそうもない感触がある

しかし、この過程で極めて重要なことに気付いた
わたしにとっての大発見と言ってもよいだろう
これまで所謂プロジェと言われるものになかなか入ることができなかった
締切りが迫ってもそうである
今回もそうだったので、それがなぜなのか考えてみた

一つにはプロジェを形として捉えていることが分かった
これこれこういう形に仕上げなければならない、という声が先に聞こえるのである
これではなかなか始められない
そうではなく、最初に疑問や好奇心がなければならないという当たり前のことに気付いた

もう一つがさらに重要である
これまで長い間瞑想生活の中にあった
わたしの瞑想の定義は、何も考えずにぼんやりすることである
そして、何かが出てくるまで待つのである
そのようにして、かくも長きに亘って生活してきたことになる
何か具体的なものが最初にあるのではないので、そこに向かうためには大きなエネルギーを要する
プロジェに当たることなど、できれば避けたい精神状態なのである

わたしの中では、もう一つの精神運動がある
それは省察と名付けたもので、あるテーマを決めてから瞑想することである
この10年で瞑想についてはある程度見えてきた
ここに来て、つい先ほど、瞑想生活から省察生活に転換してはどうかという声が聞こえてきた
振り返ってみれば、この間省察という言葉を使ったことは殆どなかった

瞑想生活のデフォルトは、ぼんやりの状態である
それが、省察生活では最初から何らかのテーマがぶら下がっている状態に変わる
その何かは疑問であったり、好奇心が齎すものであったりするだろう
そして、そこから調べるもよし、読むもよし、瞑想に入るもよし、ということになる
プロジェを進めるには非常に良い状態になる

ただ、これ何のことはない、仕事をしている時と同じ状態に逆戻りすることである
違いがあるとすれば、瞑想という方法論が体の一部になりつつあることだろうか
この転換がうまく行けば、全く新しい段階に入ることになる
暫くの間、体に合うのかどうか、様子を見ることになるだろう





2017年9月14日木曜日

小さな芽を小さな実へ



昨日の夕方から風が非常に強くなった
今日は朝の内曇っていたが、お昼から明るい空が見えてきた
午後から外に出た

出掛けに一つの小さなアイディアが浮かぶ
このように小さな芽が出ることが多くなり、それを捉まえることができるようになっている
これも瞑想生活の効果ではないかと勝手に想像している
カフェで、その芽が小さな実になるまで時間をかける
この繰り返しも「わたしの真理」への道になるだろう

残念ながら、このような作業は科学の領域にいた時には殆どなかった
これがあるのとないのとでは、大きな違いを生むのではないだろうか
確かに、人生を仕事と仕事でない時期に分けた場合にはそうなるだろう
しかし、人生には生きるという仕事しかないと考えると、この反省はあまり意味がないだろう
科学での仕事はその一部、体験する時期に過ぎなかったと考えることができるからである





2017年9月13日水曜日

140年前のトゥール



今朝は残念ながら雨
その中を小学生が走っている
雨のせいか、今日は歩いているのはいないようだ

午後から雨が上がり、少し明るくなってきた
Youtubeに19世紀の科学者のドキュメンタリーが出てきたので観る
それから旧市街に出た

マスターと日本での予定について少しだけ言葉を交わす
お客さん、少々ムチャじゃない?という感じであった
しかし、一番心配しているのは、こちらの方である
兎に角、過ぎ去るのを見守るしかない

帰りは軽く雨に濡れた
郵便箱には宣伝のパンプレットが溢れている
捨てようとしたところ、トゥールの広報誌 Tours & Moi があったので少しだけ眺める

ロワールを含めてトゥールの町の観光を自転車で、というプロジェについての記事がある
140年前の馬が引くトラムの紹介もある
1877年にフランスでは6番目に走ったようだ






2017年9月12日火曜日

Au rendez-vous du botanique にて




今日は朝の植物園へ
ご老人や赤ん坊をカートに乗せた母親などが、静かな園内をゆっくり散策している
前回気付いたカフェに入ってみた
勿論、朝の時間からお暇な人はいないと見え、わたし一人であった
途中、本当に久しぶりに見る鶏が現れ、席のすぐそばまで来たが、ご主人に追い返されていた
朝の空気の中、プロジェに当たる
非常に気持ちよいのだが、光が強く画面が見えなくなったので場所を変えることにした

帰りに名前を訊いてみた
Au rendez-vous du botanique とのこと
ゆったりした名前で、なかなかよい
いずれデジュネでも、という気になってきた